中国には権力中枢に闘争前夜の匂いが立ち込めていると見る(阿房)

●尖閣諸島の問題を見ていますと、事実もろくに確かめないままに、あれほど過剰に中国政府が反応するということには、中南海に何らかの権力闘争が生じているような気がしてなりません。外交という場でカードを切る際に、事実はそっちのけで感情を剥き出しにして、京劇のように派手なパフォーマンスをするのは、中国国内でゆれている権力中枢に対してあるメッセージを発しているように見えるのです。
●中国というのは、その歴史を眺めていきますと、必ず権力がゆれる時には無数の人の群れが生じます。共産党政権になってからでも、文化大革命、天安門事件など大きな集団的活動があるときには、必ず扇動的な勢力の権力奪取の欲望というものがうごめいています。津波のように押し寄せる群集を使って、敵対勢力を排除しようというわけです。
●今回の波の目的、そしてその中心はどこにあるのでしょう。最近戦争らしい戦争がないまま、その高いプライドを堅持している人民解放軍でしょうか、それとも一党独裁体制が不都合になった中産階級でしょうか。詳しいことはよくわかりません。ただ、鄧小平氏などの象徴的なリーダーを喪失して既にサラリーマン化した共産党員が統治する国になっている現状からしますと、どのような勢力が台頭してきても不思議ではありません。
●チトー大統領を欠いた直後のユーゴスラビアの如く、鉄壁に見えた何かが崩壊し、深い闇に眠っていた国内問題というものが一気に噴出するというのは、歴史上奇異なことではありません。改革開放から既に三十年以上の時間がたち、その始まりから中国を眺めてきわ私からしますと、何か特別なことがおきそうな気がしてならないのです。

損なわれる真実と無意味な力押しはともに災いである(阿房)

●尖閣諸島での事件で一体中国という国と日本という国は何をしていたのだろうかと、ふとニュースを見ながら思った。意図的にぶつかったのかそうでなかったのか、領有権の所在は一体どの国にあるのか、事実は何一つわからず、ひたすら政治経済の圧力が発生し、偏狭なナショナリズムとごり押しが勝った形になった。
●日本の対応も極めて奇妙であった。国内法で裁くといい、ニューヨークで尖閣問題が安保事項であると確認しておきながら、今回の解決を図るというのは腑に落ちない。そんなことならもっと早い段階で被疑者をリリースすべきであっただろう。さんざんべき論を並べておいて、全く意味不明で筋が通らない結論にたどり着くというのは、国民としてまことに恥ずかしい限りである。
●私自身日本人だが、日本政府の肩だけを持つつもりはない。日本という国も中国という国の政府も、ともに世界のG2・G3であるというのに、未熟で中途半端であるのだなということに、少なからず悲しみを覚えたのである。ジャイアンのような暴れ者とひたすら腰を低くするのび太には、ともに失望と悲しみを覚えるのである。
●今後の日中関係は今回の出来事をプラスに転換させられるのかといえば、それは難しいであろう。事実がなく、ただポワー・ポリティクスと経済中心・国益優先の思考回路でファジーな結論を導いたからである。競り勝った国も、譲歩した国もともに何かを誤解し、国内の奇妙な雰囲気に飲み込まれてしまうような気がしている。
●大国の幻影と、小国の劣等感或いは恥辱、というような戦争マンガのような構図を両国が形作ってしまったとするならば、両国の国内世論のゆがみは今後更に触れ幅を大きくするに違いない。戦争という愚かな選択肢を取る時代ではないとはいうものの、お互いの軋轢が、かつてローマとカルタゴが戦ったポエニ戦争のような騒動に発展していくような気がしてならないのである。