カナダからの便り(浦崎)

●トランプが大統領になって本当にカナダに移民申請した友人がいる。東北大震災の時、自分のところへ来いと言ってくれた女性だ。ずっと昔つきあったこともある。日本人の男性としては昔のことがあるから、何だか気恥ずかしい部分があってもじもじしてしまうのだが、テレビ映像で日本の津波のことを知った彼女は、迷うことなく私に連絡をくれた。山手線が止まってしまって、夜の中原街道を一人玉川方面に歩いていた時のことだ。
●ある種の社会の歪みに対して、彼女は敏感だ。故郷オーストラリアの新首相に何か直感的な違和感を感じたのか、早速デモに参加。アメリカではサンダースの支持者で、クリントンが指名獲得をしてからはおとなしくしていたが、今回の件で何かがプツンと切れたのだろう。いつも私のアンテナの10倍以上感度の高い感受性を持っていたから、新大統領は許容範囲を超えていたのだろうと思う。
●人間同士の関係は不思議に大きくて深い。助けの手を差し出す彼女の姿を見て私はそのことを学んだ。助けが必要なとき、人はなかなか他人に援助を頼めないものだ。そういうことを彼女はよく知っているから、あの時連絡をくれたのだろうと私は思う。そこには利害も複雑な事情もなく、一人のキリスト教者の女性がいたと思う。既存宗教のことを薄っぺらく批判していた私には、その点何かが欠落していると思った。
●同じように今回の大統領選の結果が出たとき、私にも大きな違和感があった。彼女にはその10倍の不快感があったはずだから、彼女の立場をもっと斟酌できたはずだ・・・。屁理屈や複雑な事情を考えるのをやめて、「東京にきたらどうか。」と言った。諸方面にどのように説明すればいいかは、この際どちらでもよかった。そのように行動することが正しいと思ったのだ・・・。
●昨日「本当にまずくなったらそうするよ。」という返信が来た。まだアメリカを見捨てたわけでもなくて、捲土重来を目指しているという。「また地震が起きたら、カナダへいっていいか。」と書いたら、勿論と返事がきた。
●人種や宗教という問題を新大統領は簡単に述べすぎた。アメリカ、オーストラリア、東欧、グルジアなど様々な血脈を受け継いでいて、敬虔な東方正教会の信者だった母親のもとに生まれた彼女からすると、トランプはスターリンやヒトラーに見えるはずだ・・・。歴史を数千年単位でみれば、イスラム教徒もメキシコ人もよき隣人だ。ローマ帝国の前期の興隆は、市民権を得た移民たちによるところが大きい。そう考えれば、アメリカは病的に小さくなった・・・。彼女が横にいたら、きっとそんなことを述べているだろうと思った。

ドナルド・トランプに世界の変質を読む(浦崎)

●今回の米大統領選挙は嫌われ者同士の闘いだという。しかし共和党のトランプは元々取るに足らない泡沫候補だったから、同じ嫌われ者でもエリート臭の芬々とするクリントンと互角に競り合う状況になっていることは注目に値する。
●トランプの嫌われ方は、気取った大人の紳士が出来の悪い狼藉ものに抱く感情だろう。メキシコ国境に壁を築くという政策なのか扇動なのかわからない言葉に、眉を顰めるインテリ層が多いのは間違いない。だがこの”嫌われ方”は別のカテゴリーに分類される人々には支持される理由になっている。
●典型的なインテリ層が、外面ばかり気にしてそつのないキャリアと政策で政権を維持してきたが、結果的に世界は貧しい。正確に言えば史上類例のない規模で貧富の差が拡大している・・・。非の打ちどころない奴よりも、どこから見ても悪者だが、場合によっては自分たちのためにひと肌脱いでくれそうな闇屋上がりの親分のほうが百倍ましだ・・・。そんな感情がアメリカに蔓延しているように思う。
●クリントンはおそらくそのような支持者をさして、”嘆かわしい”といったのだろうと思う。しかし本質的に重要なのは世界の現実の方であって、支持者そのものではない。世界の矛盾や問題点が顕著に進み、もはや手の施しようがない状況になっているということそのものが、トランプを大統領候補に祭り上げた根幹的な理由とみるべきではないだろうか。私にはそんな風に映る。
●結果的にクリントンが選挙には勝つだろう。しかしそのあとに残った世界の矛盾の矛先はどこにむくのだろう・・・。クリントンが嘆かわしいと発言したところからして、彼女が大人の紳士よろしく、嘆いたり嫌ったりして、問題点を直視しないのは明らかだ。漠然とした社会の不安と問題点はより先鋭的な別の運動に傾斜していくのだろう。場合によって、その運動はアメリカ以外の場所から起きるかもしれない・・・。またドナルド・トランプを担ぐのが十分でなければ、ナポレオンやレーニンのような新たな役者を担いで登場する可能性も、十分にある・・・。そんなことをふと考えてしまった。