カミーユ・クローデル・発狂後の晩年(イレナ)

●彫刻家ロダンは好きな作家ですが、その恋人だったカミーユ・クローデルのことを考えると微妙な気分になります。ロダンとの不倫のあげく、心を病み48歳で発狂した女性彫刻家のことです。
●1988年公開のフランス映画”カミーユ・クローデル”の英語版をたまたまパリを旅行中だった私は目にしました。フランス語はほとんどわからない私は、最初パリの映画館でこの作品を見た後、英語版の字幕のついているビデオテープを借りてきて観たことがありました。特別有名になった作品ではありませんでしたが、ロダンという人物を尊敬視していた私には少々ショッキングな内容でした。
●1980年代を考えてみると、カミーユのような人生は、ある意味で女性の権利を高らかに主張する大きな運動が求めている、被害者の例として取り上げられた形跡があります。既に著名で動かしがたい地位を確立していたロダンも、一人の男性として複数の女性を愛した。結果としてカミーユは発狂し、そのままの状態で30年に及ぶ精神病院での生活を送ることになる。そうした悲劇的ともいえる内容は、差別的に扱われてきた女性の権利を主張するためには格好の材料ですから・・・。
●ただ最近、この人物について別のことを考えるようになりました。発狂後の人生についてです。多くの評論家はカミーユが、自分を捨てたロダンを憎悪することで、ぎりぎり人格を保持していたなどと表現しています。しかし、30年に及ぶ人生を人は憎悪だけで過ごすことができるのでしょうか。私はちょっと違うと思います。
●確かに憎いという感情はあったでしょう。内妻だった女のもとに戻ったロダンはどう考えてみても、再び愛される存在にはなり得ないのです。ただ朝目覚めて、夜ベッドで就寝するまでの間の長い長い時間を考えてみると、とても憎悪などという激烈な感情を継続することができるとは思えないのです。時に愛したロダンのことを思い。時に忘却する。ひょっとしたらもう一度人生をやり直す計画を緻密に考えていたかもしれないし、場合によっては病院の一角を借りて、別の表現手段である絵画や文学に熱中していたかもしれない・・・。そのようなことです。
●何故私はそんなことを考えるのか。それは知人で同様の境遇にある女性を知っているからです。自分が遭遇した動かしがたい現実の中に未だ囚われている彼女を、私なりに何とかしたいと常日頃から思ってきました。発狂したからそっとしておこうというスタイルは過去のものでしょう。現実に彼女に接してみて思うことは、彼女なりに健全な精神構造へと戻ることを望んでいるということです・・・。ただきっかけがない。却って孤独にしてしまうので自殺衝動を覚えるようになるし、前向きに別の舵を切ろうにも材料がない。ただそれだけのことではないかと思うのです。
●多くの精神病患者が実はこのような状況にあると私は考えています。どの医者も正式には理由もよくわからず病名欄に精神病と記入し、世間から隔離してしまいます。しかし実際のところ誰も内実を理解していないでしょう。結果としてそこから何も変化せず、死の床に入ることになるのは、社会との断絶にほかならないのではないか。私はそんなことを考えています。カミーユのような境遇にあった女性たちが、過去にとらわれることなく、年老いても大きく次のステップをきれるような社会を、私は今後作っていきたいものだと常々考えています。

イタリア旅行で開眼したオーギュスト・ロダン35歳の転機(浦崎)

●先月ニューヨークのメトロポリタン美術館を訪れた際、私の目に留まったのはロダンの”カレーの市民”でした。足にサイズの合わないサンダルを履いて、かなり長い距離歩いたせいで酷く疲労困憊していたのですが、その瞬間何か目の覚めるような新鮮な力を感じました。彫刻という芸術表現のせいでしょうか、空間にこだまする不思議な力に何かをもらったような気になったのです。
●ロダンという人にはある種の職人気質があります。無理もないことです。そもそも職人という時間をベルギーで6年間も過ごしているのですから。親方と弟子というミケランジェロの時代から変わらない環境で、黙々と働きせっせとお金をためる地道で堅実な職人だったのです。
●そのロダンがある日芸術に目覚める瞬間がやってきます。イタリアです。ベルギーで親方との関係を悪化させたロダンは、妻子を伴ってイタリアでルネサンス時代の彫刻を眺め、気取った美術でも職人気質でもない、自分自身の作品作りというものに開眼していくのです。ロダンが35歳のときのことです。
●”カレーの市民”はロダンが48歳に時に完成した作品です。イタリア旅行から13年、既に彫刻家として円熟の境地に達していた頃に仕上げられたものです。英仏の歴史に名高い史実をモチーフにしていますが、ロダンの職人のように熟練して、妥協しない荘厳な力のようなものがあふれている作品です。
●久々にロダンの作品に遭遇した私も、かつて彼がイタリアでミケランジェロに遭遇したときと同じような衝撃がありました。ミケランジェロがロダンに教えた何か、ロダンが35歳にして学んだ何かが、ふと理解できるような気がしたのです。前後もわからずただ走り続けた20代、そして頂点と破滅的な失敗の双方に遭遇した三十代という時間を越えて、兎に角作り上げていかなければならない何か、そういうものが理解できたような気がするのです。