阿房久太郎のアナクロ富国論~(4)医療大国の謎

●新年度の予算案のことをあれやこれやマスコミで評価しています。900兆円レベルに達する国の借金の問題にどのように対処するか処方箋もなく、再び歳入を歳出が圧倒的に上回っている形になっているからでしょう。
●そういう議論の中でいつも本当に不思議なのは医療費や社会保障費の類についての議論です。公共事業は減らすとかご立派な議論があるのですが、医療費自体は聖域のような存在で、リストラめいたコスト削減については議論自体がタブーであるようなのです。増えるのが当たり前で、世のため人のためとか言って、今年度にはついに38兆円も国庫から支出しています。歳入が42兆円しかないのにです。
●金額規模でいうと、鉄鋼業界とか、パチンコ業界よりも大きく、更にそうした産業が景気悪化で縮小しているにもかかわらず、医療費(即ち医療業界)は拡大し続けているわけです。2002年あたりから30兆円を超えてきたのですが、わずか8年程度で更に8兆円も増えているので、とてつもない上昇カーブです。
●不思議なのは、そういう拡大基調をたどっているにもかかわらず、医療業界というのはある意味での不況産業になってきています。病院の破綻・再生案件というのは、新聞などで明らかになるものは氷山の一角で、金融機関等において継承されるものを含めれば毎年等比級数的に増加しています。業界のパイがこれだけ広がっているのに、何故これほど経営に躓く病院の数が増えるのでしょうか、誠に不思議なことです。
●市場が大きくなるのに、病院も儲からない、医者も看護士も減少傾向というのが現在の日本の医療現場の姿であるわけです。そういう間逆の市場というのは、天然記念物なみに他には存在しない類のものです。厚生労働省が全ての病院市場の管理・監督を牛耳っているからなのかどうかまだ詳しくは調べきれていませんが、相当厄介で困ったマーケットになっているのは事実です。この領域で、国民向けのポピュリズムを旗頭にやたらめったら国費投入を叫ぶ政治家にも困ってしまいますし、儲からないといって嘆いている病院経営者にもなにやら同情の余地はないなと思ってしまいます。根本的にあらゆるプレーヤーが不幸になっているこの市場の問題解決を放置して、財政健全化論も意味を成さないなと、改めて思ってしまう次第です。

阿房久太郎のアナクロ富国論~(3)空港発着料の無料化

●羽田の国際化・24時間化くらいで驚いてはいけません。まだ生ぬるいといってよいでしょう。沢山作りすぎた空港をそれなりに活用していくためには、この際発着料の無料化まで考える必要があります。
●そもそも空港発着料ってなによというところから考えるべきです。空港はそれなりに維持費がかかるので、飛行機の発着回数に応じて、分担してもらおうっじゃないの、という負担金のことです。世界の空は一時期の激安バスと同様、異常な供給過剰で低価格傾向まっしぐらですから、一回うん十万円という負担は、飛行機会社から見ると大変な負担なわけです。そんなカネを負担するぐらいなら、韓国・シンガポールに行ったほうがいいやって具合に、世界の航空会社は考えているというわけです。
●じゃあ日本は一体どうすりゃいいかっていうと、そりゃお客さんに来てもらったほうがいい。飛行機がこなきゃどうにもならないから。まず来てもらうことを考える。東大の伊藤教授に言われなくたってそんなことは簡単にわかる理屈です。運営費が足らないなら、激増する民間収益からの税収増でまかなうような方式を考えるべきでしょう。何だか固定的に費用ばかり眺めちゃって、儲かる話との兼ね合いでもの考えるって思考回路が官は弱いからね。あと、当然のことながら、各空港は、国土交通省とか日本航空あたりの天下りを受けたりしないこと。今まで猛烈な護送船団だったから、得体の知れない天下りがどの会社見てもゴロゴロいるじゃないですか。朝からパターゴルフしてる役人崩れができるのは、得体の知れない官との調整だけです。
●そうやっていろんな国の人に来てもらう。中国に限らず、ロシアとかインドあたりの飛行機会社にも着てもらって、まず市場を作っちゃう。地方の空港で生き残れそうにないところは、プライベート・ジェットに特化するとか、機体を小さくしちゃうとか、いろいろ個別に工夫するしかない。それでもだめなら、閉鎖も考える。それでいいでしょう。”アジアの駅前大通り”をつくるぐらいの勢いで、やってかないことには、日本はゴーストタウンになるしかないのですから。

阿房久太郎のアナクロ富国論~(2)官僚機構の解体

●金曜日の仙石官房長官の答弁は極めて高圧的でありました。経済産業省の古賀茂明氏の参考人招致が気に入らなかったのでしょうが、”将来に傷がつく”などと恫喝しているのであります。ここまできますと、政党とか主張とかそういうものと無関係に不愉快であります。はっきり言えば、”余計なことを言うな、お前は黙ってろ”と言っているわけで、いやなおじさん、不愉快な権力愛好者以外の何者でもありません。それ程のエネルギーがあるなら、内弁慶とならず、中国等とも真面目に渡り合って欲しいものです。
●しかし一方でわかったことがあります。要するに民主党は官僚機構をどうすることもできないということです。首相も誰がやっているのか不明であるし、マニフェストで高らかに言ったことは何一つできていない。加えて、対策を打つ気配も意欲もない。わかんないならわかんないなりに、ルーキーらしく猪突猛進の姿勢を持つべきでしょうが、そういう青さもない。ただ、お行儀とかパフォーマンスに終始して、挙句の果てに部下いじめに走る。本当に”みっともないええ格好しい”であります。
●まあそういう不愉快なことは、次の選挙で手を打つしかないのでありますが、本題は官僚機構の問題です。それほど問題なら一度やめればよいということです。戦後憲法も変えたし、財閥も解体したのに、官僚だけは明治以来そのままになっているのだから、もう無理なんでしょう。あれこれ付け焼刃でやるより、わけのわからないものは一度やめちゃう。棄てて新しい仕組みを考える。そういうことであります。
●民間ではそういうことはよくあります。考えるよりやめちゃうほうが早いし、コストもかからない。一回全員退職して、再度能力と志に応じて新しい仕組みで活用可能かを点検する。勿論中途採用で新しい血を入れる。至極普通のリストラであります。民間でできて官ができないということは何一つありません。要するに勇気の問題であって、公務員組合からの支援に右往左往しない政権で実施しなきゃいけないということであります。
●明治時代の草創期に、廃藩置県や武士の特権階級自体を廃止したのは、何を隠そう武士自身でした。勿論どちらかといえば、下級に属する武士たちが中心にいて、藩主や家老格の人々は反対していたのですが、そういうことを見事に実現しているわけです。できないわけでなく、できるのです。馬鹿になったつもりで英断を下す、そういう腹がどこかにないと、本質論は常に逃げていくのだと、わたくしは馬鹿の代表として思うのであります。

阿房久太郎の考えるアナクロ富国論~(1)世界は狂人が変える

●景気がどん底なら民間人なりに考えなければならないことがあります。特にこれはお金持ちに言えることですが、ずばり無駄遣いをすることであります。中途半端にオートクチュールのドレスを買ったり、ベンツを買うのではなく、どかんと百階建てのビルでも、銀座のアップルストアの隣にでも作ってしまうのであります。さすがにピラミッドや万里の長城などは不可能であるにしても、ニューヨークのロックフェラー・センターぐらいだったら、昨今の長者番付諸兄が集まればいけるのではないか、斯様に考えるのであります。
●阿房は決して賢い人間ではありませんが、歴史は少々かじっているのであります。でありますから、世界大恐慌時代にロックフェラーの倅が米国経済のためにと思って作ったロックフェラー・センターが、困窮した米国市民に与えたインパクトというものを理解しているのであります。石油王だった父親の償いだと批判的な向きもなきにしもあらずでありますが、屈託のない二世が公のためにまっすぐな気持ちで、投資をしたその姿勢に、阿房は純粋に心打たれた記憶があるのであります。
●政治の世界は、最少不幸社会といって、生きることに大変な人々を救おうとしているのでありますが、それだけでは国はよくならないのは明白といってよいのであります。我々市井にいきる自由気ままな存在は、この際とことん夢を追いかけてしまうのであります。景気が悪いから、逆に前向きに考える人間がすくない、だからチャンスが沢山ある。みんな家にこもって小さくなり、夢も希望もペシャンコになっている。まあそんなものですから、この際みんなに気違いと思われても、とことん野望を追求するのであります。
●真剣に日韓トンネルを考えている人もいてもよいし、この際ボーイングのお株を奪ってUFOを作る、自動車はハイブリッドとかでうじうじせずこの際、総プラスチック電気自動車でも作ってみる、そういう気概が必要なのであります。
●とはいえ、株式市場とか株主とかそういう連中にぐるぐる巻きにされている大手の上場企業は、番頭さん型の人材ばかりが経営者になっているので、気違いがいません。ゴーンさんであってもたかだか8億円で喜んで働いているのだから、優秀で真面目なんでしょうが、やはり小粒で常識的なのであります。ロック・フェラー二世のように天を目指すビルを作りたいと思い、そのまま実行するくらいのスケールの大きい、浮世離れした気違いが必要なのであります。
●従って、阿房個人としては、気違いを圧倒的に支持するのであります。アナクロといわれようが、会社をつぶす気かと言われようが、徹底的に理想を目指す。カネは惜しまない。それでいいのだと。そういう気違いが世の中を作り、歴史を作ってきたのであります。世の中の世界遺産とかそういうものは殆ど気違いが、過去に無理やり作ったものばかりではありませんか。そういう理想が世界の何かを変え、経済を循環させるのであります。政府ばかり批判して胡坐をかいているよりも、この際気が触れたように理想を目指してみませんか。勿論他人とか家族の夢ではなく、あなた自身の夢で、現実世界の中で行方不明になった何かなのであります。