アンドリュー・バシアーゴ氏のタイムトラベル写真は脅威である(阿房)

●先日知人と対話をしていた際に、アンドリュー・バシアーゴ氏の話になりました。タイムトラベルをしてきたという本当なのか嘘なのかわからないような話は巷にありますが、バシアーゴ氏の場合、”過去の歴史上のワンシーンの写真に写ってきた”という裏付けがあり、何とも驚くのであります。
●その決定的な写真の日付は1863年11月19日、場所はゲティスバーグになります。リンカーン大統領は例の有名な演説”…government of the people, by the people, for the people…”が行われた場所です。しかもその当時では写真というは極めて貴重なもので、現存するものは一枚のみとなります。その唯一の写真に、現在からタイムトラベルをしたバシアーゴ氏が何とも奇妙な出で立ちで写りこんでいるのであります(写真参照)。
●一瞬目を疑いますが、異常に大きい靴をはいたバシアーゴ氏の少年時代の姿が確かにそこにあります。極めて懐疑的な保守的思考回路の人物もこの一枚の写真をみれば、ある種の驚きを覚えるに違いありません。過去に旅したことを否応なく示すものといえるでしょう。
●しかしこのバシアーゴ氏ですが、現在も弁護士としてバリバリ活躍する人物であるという点も本当に興味深いことです。日本のマスメディアにしばしば登場するこの分野の奇人然としていないということであります。とても事実無根のことを言っているようにはみえません。
●あれこれ詮索するのも妙ですが、やはりタイムトラベルの技術的な検証は既に水面下で完了し、アメリカ政府の一部の人だけが独占するものになっているのかもしれません。話半分と思う人がほとんどでしょうが、わたくし阿房はその手の話は100%信じて疑いません。

バッヘルベルのカノンを聞き、中欧を旅する己の姿は既視感に包まれる体験でありました(阿房)

●私は大変な怠け者です。が、はぐれ雲よろしくその楽しみ方の研究という意味では結構な大家であります。テレビもなく、本や新聞もなく、ついでにあまりお金もないという状況で、ただただ歩くという旅でもやらせたら、それなりに日々面白おかしく生きるだろうなと思うのであります。年甲斐もなく、落ち着かない好奇心の赴くままに歩き、生きる、ただそれだけなのであります。
●そういう私は昔から、既視感すなわちデジャブ体験というものを楽しんできました。見知らぬ町にたどり着き、建物や付近の自然を眺めたりするときに、”ここには以前きたことがあるな、それは一体いつのことなのだろう”といった具合です。こういう自分への質問というのは普通なら瞬時に蒸発してしまうものなのでしょうが、暇な私は”それは今の人生なのかな、もっと過去の人生ではないか”といった具合に、考える幅を広げてより楽しい検討材料にしてしまう部分があります。多くの場合、それは以前見たことがある写真集の一こまであったり、映画で見た何がしかのシーンであるのですが、どう考えてみても自分の現在の人生では生じていないものもあります。
●例えばそれは中欧ヨーロッパのある地域を独り歩いているときのことです。突然そのなだらかな丘が果てしなく続く光景の中を、馬に乗り、楽師のような男とともに、同様とぼとぼと歩を進めている自分の姿を、思い浮かべたのです。記憶の中にある映像、自分でなくて自分であるものが、現在という時間の中で巧みにクロス・オーバーするのであります。間違いなく中世の欧州で、妙な格好をしている自分の姿です。
●そういう話を医者をやっている友人に話すと”お前それ白昼夢じゃないか、今度ちゃんとみてやるよ”といった具合に真面目に取り合ってはくれないのであります。医者として当然の反応なのですが、まあ私のような人間はそういう得たいの知れない体験というものもそれなりに尊重する部分がありますから、そういわれても心のどこかで信じ、かつ楽しんでしまうのであります。
●面白いもので、一旦その既視感に包まれますと、何かの拍子にその光景は再び夢に登場します。普段夢など見ない私ですが、その夢だけはここ十年何度も見るのであります。ついでにいうと、単にその光景が登場するというだけでなく、映像フィルムのようにゆっくりとそのシーンが続いていくのです。隣で同様馬に乗っている楽師のような男と馬を進めるうちに到着したある町で、私たちはオルガンの演奏を聴きます。バッヘルベルのカノンです。私は目を閉じてその曲に聴き入り、目を閉じる。そこで夢は終了です。ちょうど一年前のことです。最近仕事で忙殺されている私に、続きの光景はまだ現れていませんが、やはりどこかであの場所を基点に何かが通じているように思えるのです。
●考えてみれば、バッヘルベルのカノンとともに、楽師を引き連れて、あてどもなく旅する姿というのは、例えそれが幻想であったとしても、私自身の本来の姿であるのかもしれません。指をなめて頭上にかざし、さあ風はどこに向いているのかと確かめる。流れるように風の向く方向に馬を向け、行った先で仕事をする。時に立ち寄った町で心にしみる音楽を聴き、そのまま静かに寝入る。居心地よく、多少の悲しみと喜びがある。それは自分にとって理想的な形であるようにも思うのであります。この夢の続きと、それ以外の既視感については、後日日を改めてゆっくりお話したいと思います。

UFOはいずれ人間が実用化するのではないかと思うのです(阿房)

●UFOという言葉を聞いた瞬間に人は普通の理屈でものごとを考えるのをやめてしまいます。知らないものだから、得体のしれないものだから何が起きても不思議はないから、学校で勉強している物理とは何のつながりがなくてもいいやというような感覚だろうと思います。
●反面こういう人もいます。現代の物理学で解明できないからやはりUFOは存在しないはずだというような立場です。こういう人も困ったもので、現代の科学が全てを解明できているわけでもないのに、その科学とやらで証明できないならそれはやはり嘘だという論理です。こういう発想でこれまでの科学は進歩してこなかったはずですが、常に世の中はこのような頑迷な保守を生み出してしまうものなのでしょう。
●少々脱線しましたが、言いたいのはUFOが実在するとして、それはどのような技術がつかわれているのかということです。現代の物理学が将来に向けて発展いくとしたならば、現代との差の部分で新たな革新があるだろうと思うのです。その差分というのは例えばどんなことなのかとふと真面目に考えてみたくなることが私にはあります。UFOだからとあきらめるわけでもなく、存在しないものなど考えるのはばかばかしいと放置もせず、淡々と考えてみるのです。
●私が思うに、その一つは相対性理論がもっと進化してタイム・トラベルが可能になるだろうというようなことです。これは多くの人が想像しているのでそれ程突飛な発想でもありません。次に思い浮かべるのは何でしょう。私の場合は、所謂推進力の源である燃料と金属素材の問題です。燃料は言ってみれば石化燃料か原子力あたりなのでしょうが、金属についても現状地球にある以上の鉱物資源である可能性はあまりないような気もします。そうすると燃料も素材も変わらないのに推進力が上がるということになります。巨大な金属の塊が最新鋭のジェット戦闘機よりも早く飛ぶのですから、それは同じ金属でも使い方が完全に違う技術でできているのではないかとも思います。
●私がこうした妄想的推理をするのにはわけがあります。最近アインシュタインの光電効果という技術を使って、金属からスピンをかけた電子を飛び出させることで抵抗力を小さくし、車や飛行機等の乗り物の燃費やスピードをあげる実験をしている人たちがいるのです。ちょっと変わった人たちですし、私も最初は半信半疑でいたのですが、確かに車は妙に早くなるなという実感があります。私などは冒頭に紹介した頭の固い保守系でもないので、ひょっとしてUFOにもこの技術をもっと高めたものが導入されていて、車か飛行機と同等程度の燃料であるのに、高速な推進力をもった乗り物にできているのではないか、と思えてくるのです。誠に面白く夢のある話です。
●かつて江戸時代に黒船を見てひっくり返った日本人がいました。彼らは同じようにオカルト的に異次元の理解をする人や、頑迷な保守的攘夷思想に囚われて将来を見ないという人たちにわかれました。しかし、ごく一部の人間がその技術の中身に着目し数年後には何隻かの蒸気船を作って見せます。たいしたものだと思います。よくよく考えてみればUFOもそんな存在なのかもしれません。私のたまたま目にした技術が発展するのかどうかもよくわかりませんが、それはそれで真面目に実学として研究する人たちが現れ、いずれUFOを飛ばすようなことになるような気がするのです。
●まだまだ正体のわからないUFOの存在ですが、結局人間自身がいずれ原理を解明するのではないかという前提に立って見ると、宇宙人が宇宙からやってくるための乗り物であるというよりも、人間が未来から現代にやってくるための、タイム・トラベルの乗り物ではないだろうかと、ふと考えてしまうことには、そんな背景もあります。

前世は池で自殺した”魂のツワモノ”が私である(阿房)

●知り合いの中小企業の経営者と雑談していたら、都内でちょっと評判の霊媒師の話になりました。じゃあ一緒に行ってみませんかということで話がまとまり、たまたまその話を聞いていた女性社員を含めてと3人で、その霊媒師の住んでいるマンションを訪れることにしました。先週の土曜日のことです。
●ドアを開けてそこに立っていたのは60代後半の老婦人。宗教の色はまったくなく、どこにも所属しない神がかりのようです。3人の中で私がトップバッターで、その女性の座る後ろに座り、”神の声”を聞くということになりました。形としてはその老婦人は神様の代理人、すなわち巫女的な存在であるようで、彼女の声は神の声であるという位置付けであるようです。
●”今日はなかなかのツワモノ”が来ているな”と憑依したような語り口で、老婦人は突然話し始めました。ツワモノという意味がよくわからない私がその意味を尋ねると、”それは魂のことだ”と神様の代理人がこたえました。どうやら話を詳しく聴いていると、前世の私は、まっすぐに人生を見つめようとした結果、自らの利益ばかりを目指す社会の中で犠牲となり、”池のある場所”で自殺の道を選んだということでした。
●そもそも宗教的には、自殺の選択は禁忌に属することであるはずですが、この老婦人には宗教色が皆無ですから、”魂のツワモノ”⇔”池で自殺した”、という二つの矛盾する要素が非常に肯定的に捉えられているようです。これは非常に面白いことで、オカルトや宗教関係者といろいろ話をしてきた私からすると非常に新鮮なものでした。
●少々脱線しますが、自殺という手段を否定的に捉えようとするのは、社会という巨大な組織や宗教組織を安定的に維持していくためには、政治においても宗教界においても不可欠だったからではないかと思います。そうでなければ明治以前の”殉死”や”切腹(harakiri)”棄老”など日本古来の美学思想が全てゴミ箱に入れられてしまいます。近現代の社会は、そういうものをひたすら悪しき旧習とだけ位置づけ、ひたすら遠ざけてきた感があります。しかしそもそも社会というものの矛盾する実態を考えれば、自殺という手段を完全に禁じることはできないものだと思います。死を選ぶことで尊厳を守るという選択肢を禁じてしまうことで、実は社会が荒廃に向かうという矛盾したサイクルに、現代社会は直面しているようにすら思えます。
●霊媒師の言葉を全て真に受ける必要もないのですが、どうやら自己の利益ばかりに執着する人々とは、正面でぶつからず、適当に付き合えというようなことが、私へのアドバイスであるようでした。”ダルマのようにコロンコロンと適当によけなさい、深く付き合う価値のない人たちですから・・・”というようなことです。何かしら思い当たるところのある言葉です。よくも悪くも、融通の利かない私のような人間には意味のある戒めなのかもしれません。帰りの車の中で、その日に霊媒師から指摘された内容について3人で雑談をしている中で、”阿房さんへの指摘は当たってますよ”などと他の2人からいわれるところからしても、まああたりなのかもしれません。面白い体験でした。

私は宇宙人である(阿房)

●父親の在所が九州であるので、子供の頃から不知火の話を聞かされました。原因がよくわからないこの自然現象を、当時の親戚一同はお酒を飲みながら、我々はもともと宇宙人なので、不知火は彼らが我々末裔に送っている合図なのだとよく言っていました。
●冗談のような大人の会話を真剣にそうなのかと思った私は、結構長い間自分は宇宙人で人とは違うのだと思っていました。少なくとも小学校の六年生くらいまではそう信じていました。ですから、思春期に入る手前の時代に、尻尾のようなものが生えてくるのかもしれないとか、身長が160センチで止まるのかもしれないとか、真剣に心配していました。奇妙な話ですが、そう思っていたのは事実です。
●この手の思い込みは面白いもので、幼児期はいじめの材料になりそうなことも、宇宙人だから・・・ということで、最後には不思議な納得をするきっかけになりましたし、歴史上の偉人、織田信長などの異質な存在も人間ではなく宇宙人であるはずだから、自分と親類なのだというような飛躍的な着想をえることにつながりました。そんなことばかり考えていたせいか人とは違うことを進んで行うこと自体が、自分のアイデンティティのようなものになりつつあり、不思議に定着しつつあるような気がします。
●もっともらしい人間社会の嘘や、奇をてらっている反面単なる反逆的思考回路にとらわれる姿の愚かしさなどとは、違うところにいつも自分がいます。社会との境界にいて、人間社会に生き、自分の立ち位置を忘れないというようなところに、自分の住む場所があるのです。そういう場所に立って、社会を眺め、動こうとする自分が、宇宙人らしい宇宙人である証なのだと今では考えています。

何故海外の幽霊には足がないのか(阿房)

●欧米と日本の違いを感じる瞬間の一つに幽霊があります。あちらのゴーストというものには足があって、こちらのものには足がない、そういう印象があります。しかしこれはどうも古来からのものではないようです。その方面に詳しい友人によると、丸山応挙あたりの絵から、足のない日本独特の幽霊というものが登場するということで、江戸時代あたりから定着したものであるようです。
●何人かの外国人の友人と話すときに、日本の幽霊は怖いと言う言葉をたびたび聞きます。これもどうやら足がないということと、関係がありそうで、話を深く聞くうちに明らかになるのは、大抵応挙の時代よりあとの日本画における幽霊画の影響です。勿論最近の日本映画からの直接的影響もあるのですが、日本のホラーという領域そのものも間接的に応挙の時代からの影響を受けているように思われるので、結局江戸時代から現代まで延々と続く、幽霊文化そのものが核心にあるわけです。
●私などは逆に何故海外のゴーストには足があるのかと、子供のころには不思議に思ったものですが、足がないというデフォルメで恐怖感を高めた江戸時代以降の日本とは異なり、海外では恐怖という感覚の対象が、ゴーストそのものというよりも、悪魔という存在や、悪魔に憑かれたことによって生き返るゾンビなどになっているとみるべきでしょう。しかしこちらの方は、私などからすると、逆に全然恐怖を感じない代物であって、未だに”怖いもの見たさ”の対象になりえないものです。
●足のあるなし、恐怖感の対象の相違するということを考えていくと、やはりそこには宗教的な相違があるのかもしれません。しばしば教条的というくらい神と悪魔を登場させる欧米文化圏との違いとでもいいましょうか。そこへいくと日本等は、神道であったり、仏教であったりという混合の宗教的歴史があり、また江戸時代以降極度に宗教勢力(特に仏教勢力)の力が幕府によって抑えつけられる時代が続くという事情もあります。そういう中で日本人というものは、独自の民間信仰のような形で幽霊というものを恐怖の対象として位置付けてきたのかもしれません。
●幽霊や悪魔など、ある種のオカルト的な領域の存在も、人間社会の大切な部分を構成しているとすれば、それは意味があって形を変え、存在理由をもっていたのだろうと、私は考えています。そういう意味では、悪魔という存在で善を証明しようとしてきた欧米と、幽霊の足をメタファーにして善や徳を説いてきた日本の文化というものは、文化の成り立ちとしては異なるものの、オカルトとして逆説的に証明しようとしている対象という意味では、それ程違わないといえるのかもしれません。こういう領域の私見はあくまで私見なのですが、時間に余裕ができたらいろいろ深く調べてみたいテーマの一つでもあります。今晩は仕事帰りにそんなことを考えました。

サド侯爵というオカルト(阿房)

●マルキ・ド・サド(所謂サド侯爵)という存在は、ある意味でオカルトであり、世界のアウトサイダーである。名前や作品が日本で市民権を得たのは、澁澤龍彦氏の紹介以後のことである。フランス国内でさえ、二百年近く歴史の闇の中で、その存在を否定されてきた人物である。多様な価値の露出が許される20世紀という時代の波が押し寄せなければ、永遠に埋没していたかもしれない。
●私自身もその存在を知ったのは、大学時代のことで、澁澤龍彦訳を目にしてからのことである。若さと好奇心の塊である自分からすれば、悪とポルノグラフィー、反キリストなど社会のあらゆる価値に立ち向かうこの作家の存在は、ちょっとした魅力だった。少々脱線するが、訳者の澁澤氏自身も大きめのサングラスをかけた、ちょっとニヒルな姿が異質感のある魅力にあふれていて、平平凡凡とした自分からすれば、何かわくわくするような気分を味わわせてくれる存在であった。
●ただ、悪というものへのほのかな魅力以外のものは当時は感じとれていなかったなと思う。聖書に登場する悪魔、第二次大戦におけるヒトラーやスターリン、ドラキュラ伯爵等と同じように、怖いもの見たさだけが意欲を掻き立てていたのである。しかし、社会にでて何年かたってから、そういう表層的な悪の定義よりも、立派で偉そうな顔をした、道徳感あふれる貴婦人や成功者たちのもっている、本質的な悪のようなものを知るようになって、見方が変わった部分がある。階層や貧富の差を問わず人間には悪というべき傲慢さがあり、それが人間の本質なのだと考えるようになったのである。
●むしろそういう人間社会の偽善的な本質とは別の次元に、サドという人がいて、善とは何かということをささやいているのだなと思うようになったのである。幸福感は絶望の中でしか存在しえないものであるのと同様に、善も悪という存在がなければ、かたちも匂いもなく、煙のように消えていってしまうものなのである。サドという人は、そのことを本能的な鋭い感性の領域で知覚し、人生を生き、作品を書いていたのだと知り、ふと何処かで共鳴するものがあるなと思ったのである。
●最近そのサドが晩年すごした刑務所での生活をベースにした映画クイルズを観た。映画自体の興行成績は今一つであったようだが、私自身はかなり面白いと思った。猟奇的な事件そのものをベースにしていないがゆえに、サドの本質的な部分が描かれ、歪んだ好奇の視線は意図的に排除されている。自分が感じているサドの本当の姿に近いと思った。お薦めの映画であると思う。

夢の中の数字に意味はあるのか(阿房)

●一時期夢を観るたびに日記をつけてみたことがあります。性質上すぐに記憶から消えてしまうので、枕元にいつもメモ帳を置いて、目覚めたときにすぐにその出来事を書いておき、その日の晩に日記に転記しておくというものです。内容として、日常考える物事の次元とかけ離れていて、ある意味非常に興味深いものであったのです。
●去年観た夢の中では、ピエロのような人物が突然登場し、杖のようなものを振り回すと、”1753”という数字が現れる、というようなものがありました。何か意味があるのではないかと思い、何人かの人にその意味を聞いてみましたが、納得のいくものは見当たりません。とある霊媒関係の人に言わせると、物事を進めていくときにそれでよいというようなことを指しているとのことでした。ただそれは一部の数字のことを指していて、4つの数字全ての意味ではないというのです。去年の6月あたりの話ですが、今もって納得できる解釈は加えられておりません。
●全てが非合理的な世界の解釈論に過ぎないのですが、全く自分の来歴に関係のなさそうな数字の羅列があれだけ鮮明に夢の中に登場すると、素直にその意味を知りたくなるのは人間の道理です。仏教や神道に関係する人々にはあらましきいてみたので、西欧やイスラム世界の人にも冗談交じりにでも聞いてみたいなと思っています。この手の話は、文化や歴史的背景の異なる世界では全く毛色の違う解釈論をたたかわせる性質にあるものですから、先ほどの霊媒関係の人物とは全く違うことをいうのかもしれません。半信半疑なりに非常に楽しみにしているというわけです。
●日常、常識というものに束縛されている割に、その虚実を知ってしまっている私としては、この手のオカルト的な出来事の中にこそ、むしろ真実の一端が隠れているのではないかと何となく思っている部分があります。夢というのはそのまた一部で、自分の理解してない自分というものが潜んでいる場所のような気がしているのです。非常にまじめな巌野氏/永野氏からはいつも失笑をかっているのですが、今後もこの手のテーマを書いていくつもりです(勿論今回の夢の解釈論も答えを聞き次第載せていきます)。

オカルト体験~霊能者と一夜を過ごす(阿房)

●ずっと昔の話です。マレーシアの小さな島で一泊したときのことです。たまたま長距離バスで同じ停留所に降りた日本人の青年がいて、同じようにお金もなかったので、バンガローを借りて一晩ご一緒する機会がありました。もともとボクシングをやっていたということで、やせ形でとても謙虚な人でした。
●ただこの人は、どうやら祖先から受け継いでいるということでしたが、霊感がとても強いひとでした。例えば、自分の遥か昔の祖先らしき首だけの武士が東京の自宅の居間にやってきて、テーブルの上で家族団欒しながら食事をしている会話に参加してきたりするということでした。ちょっと想像しがたい光景ですが、その首だけの祖先は死んだ時のままの姿なので、片目は包帯をして頭は髷を切り落とされているという体で、食欲を失ってしまいそうになると思うのですが、その人の家族はそういうことにずっと慣れているというので、非常に日常的な光景であるというのです。
●その人がその話をしてきたのは夜になって、波の音くらいしかしなくなってからで、ベッドに横になってなんとなく雑談をしているときでした。最初は冗談かと思っていたのですが、少しだけ空いている窓の隙間を指して”あそこから何人かのぞいているね”等と話してから、ちょっと恐ろしく感じ始めました。私は元来そういうことを信じやすい傾向にあるというわけではないのですが、東京と違って異常に静かな場所でしかも夜に、彼の言葉を聞けば、大方の人は信じてしまうことでしょう。
●その人はしばらくしてから私の祖先のことを話し始めました。頼んだわけではないのですが、どうやら窓外から彼に話しかけている霊の中に私の祖先がいるということでした。真っ暗で電気もないようなところで、部屋には蝋燭をつけていましたが、その薄い光が彼の顔をうっすらと照らしていました。よくわかりませんが、遥か遠い祖先の魂を殆ど全てコピーして生まれてきたのが私で、その時の人生で果たせなかったことを実現してほしいのだというようなことを彼は言いました。驚くような内容です。
●最初は彼が伝言という形で喋っていたのですが、だんだん乗り移った本人が話しているようなかたちに変わっていきました。どこかの方言らしきものが混じったような日本語です。私は全身凍りつくような気分でしたが、最後までその内容を聞きました。現代ではありえないような内容なので、それ以上のことを書くわけにはいきませんが、乗り移られた霊能の気質のある青年がそんなことをしっているわけではないでしょう。江戸時代の関西地方のとある場所のことをずっと喋っていたのですから。
●そのうち青年は疲れて眠り込んでしまいましたが、私はずっと寝られずに朝までいろいろと考えました。ちょうど翌年は就職活動などをしなければならない年齢でしたから、その先に自分がやらねばならないことなどを考えてしまったのです。全く具体性がなく、”ただ思ったまでを果たすべし”というメッセージを遺していったのです。
●その青年とは翌日同じバス停の前で別れ、以来一度もあったことがありません。名前も忘れてしまいました。しかし彼があの晩に私の祖先という人に乗り移られ、私に話しかけてきた内容は今でも忘れられず、時に思い出します。信じられないと思う方が殆どでしょうが、マレーシアのほぼ無人に近い小さな島で過ごす夜の時間に、異常に詳細な土地の話等を聞いてしまうと、きっと変わることでしょう。オカルトに属する話題ですが、私の場合時にそのような場面に出くわしたり、不思議な夢を見ることがあります。何か意味があるのだろうと、最近は思うようになりました。ブログで時に日記風にまとめていきたいと考えています。

オカルト実体験~霊媒師の言葉(阿房)

●マスコミ等でも有名な霊媒師に会ってあれこれ言われたことがある。占いなどと違って思いついた言葉を神がかり的に話すので、思わず引き込まれる。一体何を根拠にそういうのだろうかと思うと、自分の周りの雰囲気を見たりしているように見える。
●実際に予言的に聞いた言葉のうち、何割かはあたっているように思うが、考えてみると非常に一般的な言い方で誰にいってもそれなりにあたる言葉でもある。逆に”いつ死ぬのですか”というような真実性を問われるものには、”そういうことは申し上げられないルールになっています”という言葉が返ってくる。今のご時世なら医者でも告知をするのだから、霊媒師もそのくらいいってみてもいいのにと思う反面、やっぱり嘘なのかと思う原因にもなる。
●また聞いたからといって、それを根拠に行動を起こせるものでもない。特に異性関係や仕事について、彼らに聞いて何かを決めたことはない。どちらの道でも選択できて行き先を悩んでいるとき、アドバイスを聞いてみたいと思うに過ぎない。そんなものだろうと思う。
●しかし、その場所に偶然来ている人の中に、現職の警察官や政治家の秘書、著名な芸能人のお忍び姿等をみてしまうと、少なからず信用のある予言でもしているのだなと思う。一体どういう内容で彼らを信用す理由になったのかを知りたいとは思うが、実際は聞けない。霊媒と占いだけは実体験はあるが、全くピンとこないオカルトである。好奇心だけは旺盛だから機会があればまたやってみたいとは思うが、今度は日本ではなくて、エドガー・ケイシーのような外国人にでも頼もうと思っている。