ゾルゲとスターリン(永野)

●南仏にいる。まるで晩年のゴッホの世界にいるようだ。毎晩夜遅くまで酒を酌み交わし、信じられないような暑さで目覚める。目覚まし時計はいらない。部屋に住み着いている猫がベランダから侵入してきて、毎朝顔を舐めてくれる。さて朝飯でも食うか、とそんな生活である。
●朝食後にタバコを一本吸っているうちにふと思いついた。ゾルゲのことだ。処刑されるにいたるまで極秘情報を収集しながらも、ついにその情報は使われなかった。スターリンはドイツは攻めてこないと思い込んでいたからだ。今ロシアでは結構な英雄として扱われているが、何やら悲しみにたえない。
●普通の日本人からすると、極秘情報をスパイされたという意味で、あまり良い感情を抱かない人もいるだろう。しかし一人の人間としてみると、魔王のような権力を持ち、偏見と思い込み、猜疑心のとりこになったような男の部下になったばかりに、勤勉に働いた成果を台無しにされ、一人東方の地で処刑される心境というのは同情するに余りある。
●とはいえこのような悲劇は現代も変わらない。長期政権は独裁になり、為政者は孤独で耳障りの良い情報ばかりに取り囲まれる。ずる賢さを磨き上げた幹部は本質的なものを遠ざけて為政者からの飴玉が落ちてくることだけを期待している。賢さと勤勉さは、実ははるか遠い僻地に赴任する愚直な官吏や、在野で一人研究し続ける一部の数学・物理学者、詩人、音楽家の中にだけある・・・。
●人間社会のそうしたどうしようもない弊害を防ぐために、世界は多選の禁止を綱領にうたってきた。放置すればろくなことにはならない。ロシアのプーチン、中国の習近平、北朝鮮のキムジョンウン、トルコのエルドワンなどばかりではない。日本の自民党はわざわざ内規を変更してまで現在の首相に三選を許そうとしている・・・。二期やって大したことができず、長期政権の弊害が随所に出ている現政権に、三度目の正直を許す趣旨は一体なんなのか、素朴に思うのは私ばかりだろうか・・・。
●おっと電話がなった。もう友人と会う時間だ。仕事なのか趣味なのかと問われると、どちらも正しいといえる関係だ。フランス人だから政治の話を仕掛けると一晩語りつくすことになる。折角だから長期化する世界各国の政権について話をしてみることにしよう・・・。相手は無論女性だ。

カチューシャと坂の上の雲(永野)

●ロシア人はカチューシャという歌が好きだ。いい曲だとは思うが、ロシア人の愛情は並々ならない。この歌については、第二次大戦後、毎年歌手や編曲を施した曲が流行っていて、一向に飽きられる気配がない。要するに永遠の流行曲だというわけだ。従って、下手な批判は火傷のもとだと思うから、いつも疑問や質問の類はロシア人相手にはしない。
●同じように、日本には結構な比率で、司馬遼太郎氏の「坂の上の雲」が好きな経済人が多い。国籍のルーツが疑わしくて、何事にも懐疑的な私のような人間からすると、戦前の子供向けの義勇伝が大人向けの絵本になった、そう思えなくもないが、こちらも面と向かって意見すると結構厄介な目に合う。確かに面白い本だとは思うが、そこまでむきになってなって賞賛することが、私にはどうしてもげせない。
●両者に共通しているのは、特殊・特異な時代の感情への郷愁だろう。私はそう考えている。ロシア人は第二次大戦のことを「大祖国戦争」などとよぶ。あの時代、ペテルブルグまで攻め込まれたけれど、最終的にベルリンまで陥落させた。他方、無尽蔵に戦争に若者を投入したから、社会の悲しみは大変に深い。死への鎮魂、命をかけた代償としての祝勝、その矛盾した感情を合わせ持って生まれてきた歌がカチューシャであろうと思う。しかしその感情が現代まで継続しているということは、社会の中に未だに昇華できない苦痛が満ちているとみるべきではないだろうか。
●さてそれでは坂の上の雲の方はどうか。 こちらは第二次大戦後に生じた、敗戦の苦痛を下地にして成り立っているのだろう。明治はまともだったから戦争に勝った。そこにはまともな日本人がいた、という基本的なテーマに、それほど狂喜するということは、ただいま現在がまともでないと言っているに近い。司馬遼太郎氏がこの本を書いてから随分時間がたっているというのに、日本社会というのは同種同様の課題を克服できていないとも言えるのではないか、私にはそう思えてくる。
●そろそろ年末である。みな幸せな気分で過去を語り、音楽に耳を傾ける時期だ。 懐かしいという感情には、現在直面している深刻な課題がある。しかし人はそのことに触れず、クリスマスツリーやおせち料理を楽しむ。矛盾しているが、一方でそれが人間が幸せに生きるということかもしれない、とも思う。今年カチューシャを聞いているロシア人たちも、実は大いなる悩みを抱えつつ、何とか生きていることに感謝しているのだろう。

自殺:ベレゾフスキーの終わり(永野)

●初期オリガルヒの代表格だったボリス・ベレゾフスキーがロンドンで死んだ。息子のEgor Schuppeによれば自殺だったという。世界中のスパイ小説好きはプーチンの指示に基づいてFSBが仕掛けた作戦だったのではないかと、誰もが思ったが、どうもそうではないらしい。
●プーチン王朝とでもいうべき時代になって、ロシアから亡命をしたベレゾフスキーの晩年は非常にみじめなものであったらしい。かつて中古車販売で成功をおさめ、メディア企業を次々に買収し、エリツイン政権の黒幕とまで言われた男だが、ロシア革命後のロマノフ王朝と同様、多大な資金も大方底をつき、生きる希望を失ったのかおしれない。77歳の死は確かに、ロシア人男性の平均寿命をはるかにしのぐものだが、死にざまは決して幸福だったとはいえないだろう。
●人生の終わりとはどのようにありたいかということを最近常々考える。大金を得たからといって離婚訴訟や株主訴訟に追われるベレゾフスキーのような人生であるのなら、決して私は幸福ではない。また愛する祖国から遠く離れた異国の地で、顔も言語も宗教すらも異なる看護師や神父に看取られるというのも寂しさこの上ない。末永く連れ添った家族と、裕福ではないにしても不幸と幸福を分かち、できれば祖国の人々の口の端にあがる詩歌の一片でも残るなら、それは素晴らしいことではないか・・・。
●かつて亡命先のイタリアから、スターリン時代のソビエトに戻ったゴーリキーは、多くの知人から祖国へ戻ることを諌められたが聞かず、モスクワで最晩年を過ごす。彼の心情たるやいかなるものだったのかと、時に考えてみる。やはり祖国の地で静かに死にたい。そんなことだったのではないかと思う。死が人生の終わりであり、最後の総括であるというのなら、やはり祖国の土に還りたいと思うのが自然ではないだろうか。ベレゾフスキーの死を知り、ふとマキシム・ゴーリキーの晩年のことを考えた夜であった。

一面のひまわり畑を思い浮かべて不思議な心の落ち着きを覚える(永野)

●心動かされるという作品に出会うことが少なくなりました。皆人が涼しい顔をして、面倒な出来事を避けたり、くさいものにふたをするようになっている社会で、カッコいいとか、切れ味鋭いとか、そういう物語を見ても全く心を動かされないのです。古い人間なのかもしれませんが、そういう映画でありますと、猛烈な睡魔に襲われてしまうのです。
●やや不感症状態に陥りがちな私は、時にイタリアの旧い映画を見ることで不思議な心の落ち着きを覚えます。1970年の映画”ひまわり”(I Girasoli)は、まさにそういう作品のひとつです。
●大戦で行方不明になった夫を探しにソ連に行った妻が、現地でひとりのソ連人として別の家庭を持っている夫に遭遇。妻は夫と会話することなく、その衝撃的な光景から逃げるようにして、電車に乗り、その場を後にします。しかし夫にも理由がありました。東部戦線で行き倒れになっているところを、ロシア人の現在の妻に助けられ、失ったはずの命を思いがけず拾ったのです。失ったはずの人生、そして死んで躯をさらしていたかもしれない自分を助けてくれた女性に対する愛情、そういうものが男の心を捉え、ロシアの大地で生きるという方向に導くのです。
●やや気恥ずかしいぐらいにストレートで、イタリア人らしい情熱と悲劇に満ちた物語ですが、映画の中に登場する一面のひまわり畑と、ヘンリー・マンシーニの音楽が、激しすぎる何かを吸収して、極めて品のよい作品になっています。単純かもしれないが、人間の根源にある激しい感情がぶつかり、何か心を動かされ、そして不思議な心の落ち着きを覚えます。人間の顔が見える物語、人間らしい喜びと悲しみがある、そういうことであるのかもしれません。
●そろそろ本格的な秋です。どっぷりと、時に人間らしく、味覚を楽しんだり、物語を堪能したくなるとき、この映画のことを思い出さずにはいられません。深く感情に接し、自然を眺めるという、人間本来の美質を知るという意味では、この時期こういう映画を見るのもいいことだと思います。

プーシキンは純粋さゆえの空しい結末の到来を予感していたのか(永野)

●ロシア人の家を訪れると必ず詩集の一冊はある。ドストエフスキーやトルストイという大作家の本が並んでいると何となく日本人なら想像してしまうところだが、実際詩集の方がより多くの人に愛されているように思う。
●その中でもプーシキンという詩人への愛着は強い。たまたまかもしれないが、”Александр Сергеевич Пушкин(プーシキン)”という名前の入った詩集を必ず見る。国民的詩人なのだなとそのたびに私は思ったものだ。
●詩人の命が何故短いのかと聞かれたときにも、私はこの詩人のことを思い出す。わずか38年間の人生で、しかも愛する妻を巡る決闘の末に悲劇的な死を迎えるのである。死の7年前に書かれた名作”Евгений Онегин(エヴゲーニイ・オネーギン)”は、プーシキン自身の悲劇的な死を予感させるような作品で、学生時代のある秋の晩、不思議な魅力に駆り立てられて読みふけったことがある。
●主人公オネーギンと愛する女性タチアナとの出会い、既に人妻となったタチアナに再び恋文を送り続けるものの、一度として報われることなく、空しい時間を過ごすオネーギンの詩的な魂、そういったものがなぜか心にしみたことを思い出す。鋭角過ぎる感性と、時に無常な現実が鋭く衝突するところには、必ず悲劇的で救われぬ結末が待っている、そういう類の詩人の予言が含まれているように思える。
●38年という極めて短い時間の中で、妻のための決闘に敗れ、その弾傷がもとで他界せざるを得なかったプーシキンの姿は、そういう意味で、予言が忠実に実行されたような錯覚を覚えるのである。寒冷な大地が地の果てまで続くロシアで、何故その詩的魂が愛されるのかといえば、その純粋すぎる詩の美しすぎて脆弱な部分にあるのかもしれない。空しい結末を予見しつつ、あきらめず愚直に待ち続けるオネーギンの姿は、ロシア人と同様、私の好む純粋さなのである。

女子フィギュアへの美感の源泉~カタリナ・ビットの記憶(永野)

●フィギュアスケートを仕事の合間に観ました。多くの人がそうでしょうが、単に早いとか、技能が優れているというだけでなく、芸術性が問われるという競技であることが、私の場合にも興味をもつ理由です。今回はキム・ヨナ選手の演技ができすぎていたので、浅田選手は銀メダルに終わりましたが、順位の問題はこの競技のそういう特性から言えば、私にとってはたいした問題ではありません。観ていてああ美しいなと素朴に自分の中で思えるかどうかの方がはるかに重要です。そういう意味では浅田選手も十分に金メダルの資格があると思いました。
●同様の観点で、過去に目を向けた時、フィギュア・スケートということで私が思い出すのは、カタリナ・ビット選手です。1984年・1988年の2回のオリンピックで連続して金メダルをとった選手で、個人的には美しいなと思うフィギアスケートの姿を最初に教えてくれた人かもしれません。彼女の場合、技能的に圧倒的であるという点はあまりなかったのですが、スピンの一つ一つの美しさという点で、私の中で常に圧倒的でした。特に1988年のカルガリーではジャンプで転倒までしながら金メダルをとるという結果になっています。私と同様に多くの採点委員がその優越性を感じていたのだと思います。

話は少々脱線しますが、彼女の記憶が未だに消えない理由はほかにもあります。あの当時の状況はちょうどベルリンの壁が崩れる前のことで、東西という難しい環境の中にあったのです。その中で東側という壁の向こうで、東ドイツの選手として黙々と練習に励む姿をテレビ映像で何回か目にしたことがありました。もう二十年も前のことですが、美意識ということについて東西という政治状況が根本的に無縁で、むしろ普遍的なものは、足を接する大地・大陸の違いを超えていくものだということを感じたのです。現在では、旧東ドイツの秘密警察シュタージとの関係で、機密情報の取得などで疑義の目を向けられている節もあるようですが、私にとってはそれが事実であろうと、そうでなかろうと特別な関心はありません。カルガリーでの数分間の演技の美しさが全てで、それ以上でもそれ以下でもありません。美感の源泉であり続けるということだけで、彼女に関する記憶が永遠にけがされることはないでしょう。キム・ヨナ選手や浅田選手を含めて多くのフィギュア選手を観るたびに、私はそんなことを考えます。

NHKオンデマンドで観る~プーチンのロシア(永野)

●最近NHKのオンデマンド番組ができて結構重宝しています。スペシャルなどドキュメンタリ番組などはDVD等で発売されるケースがあまりないので、見逃したらそれが最後になるということが多かったからです。視聴料金が多少かかるのはしょうがないとしても、十分に価値があると思います。
●年末に昨年放映の番組をまとめて観たのですが、その中では「揺れる大国 プーチンのロシア」(全4回)が一番興味深いものでした。ここ最近経済的に成長してきたロシアが、世界的な不況が逆風となり、貧困層の登場や、旧ソ連諸国との関係の複雑化、宗教勢力との関係の強化、新興財閥の凋落などの、諸問題と直面する有様が描かれています。
●ある意味で他の先進国よりも濃度の高い資本主義の難しさや問題がこの国に発生し、社会主義が支えてきた弱者の保護という部分が非常に乱雑に扱われるようになった反面、国家権力の強大さが益々進んでいく様子がよくわかります。そういう中で、人々の心には埋められない空白がとめどなく広がり、ソ連邦時代に社会から放り出されていた正教に再び人々のこころが向かっているのです。
●NHKというテレビ局にはいろいろと非難の声もあります。準国家組織であることに起因する問題や、税金のように視聴料金をとる部分等で、好ましくない風評も絶えません。ただ、この手のドキュメンタリ番組などを見ていると、他の民放局にはできない制作能力などをそれなりに評価する必要もあるのではないかと、改めて思った次第です。

ウクライナ大統領選の示唆するのは欧州への失望か(永野)

●ウクライナ大統領選の結果は、ティモシェンコが敗れ、親露派のヤヌコビッチ氏が勝利ということになりました。歴史的な経緯からロシアとの関係がひとつのキーワードになり、国民はロシアを選んだというように簡略に伝えられていますが、ロシア云々というよりも経済実態として欧州全体の経済の低迷と、それに対するウクライナ国民の失望感の方が、むしろより的を得た解釈であると思います。
●欧州は、大欧州をテーマに経済・通貨統合を果たし、ベルリンの壁崩壊以後、東ヨーロッパ(或いは中央ヨーロッパ)地域の貧困国の期待を一身に集めている部分がありました。西側の仕組みに依存関係を強めていけば、豊かになり、自由を得られるというようなことです。イデオロギー云々というよりも生きることがひとつのテーマであったわけです。
●それが実際には、世界経済の方向性としてBRICS諸国の経済成長に伴い世界の資金は中国やインド方面に流れ、中央ヨーロッパ諸国に投下された欧米の資金は、今回の世界的な経済危機で完全に陳腐化してしまうという結果になっています。日本では印象が薄いですが、欧州の痛みは日本よりも甚大なもので、その痛みはより弱い立場にある旧東欧圏諸国の経済を破綻寸前にしているといっていいでしょう。
●生活ができない。お金がない。雇用は不平等で、誰も救い主はいない。多少自由は抑制されるが、絵に描いた餅を信じるよりも、常に現実的で一本のパンを毎朝届けてくれるプーチンのロシアの方が信用できる。ウクライナの人々はそんな風に考えているのだと思います。これはウクライナに限らず旧東欧圏に割に強くある部分で、資本主義経済の弱点と恐怖を味わった人々には共通する心理であると思います。
●夢が雲散霧消して、人々は過酷な現実に目覚めているといっていいでしょう。人権や平等、社会的自由という言葉以上に、現実的に生きるという重いテーマを、今この地域の人々は感じているのです。少なくとも多少ましという評価になっている日本でも、同じような論理で民意が現実重視に移っていくのだろうと、私は考えています。理想的すぎる政策は飢餓の進む路傍では、免罪符にさえならないのです。

アドルフ・アイヒマンについて考える(永野)

●1961年に米国で実施されたミルグラム実験はアイヒマンテストと呼ばれる。権威者に従う心理状況を試すもので、(内心の状況は兎も角)被実験者のすべてが従属関係から来る支持をひたすら実施してしまうということを証明することになる。”アイヒマン”という冠詞がついた理由は、このテストが歴史上有名なアドルフ・アイヒマンの裁判を受けて実施されたという背景に起因する。被告アイヒマンが裁判途上で度々口にした”指示に従っただけだ”という件に関して実証を試みる目的であったのだろう。大量の殺戮を伴う非人道的行為であったとしても、法治国家の論理を踏襲した上官の指示であれば従うのみであるという人間の本質的な部分をある意味証明した実験であるといっていい。
●ナチスドイツという特殊な状況は兎も角このアイヒマンテストの結果は極めて恐ろしい。事後になって、”あの時はおかしいと思ったが上司の指示に従わざるを得なかったのだ”と自分を正当化する人物が世の中の大多数であるということである。成功した場合には”あの時は苦しかったがやはり上司に従ってよかった”というように答え方も変わるのだろう。そういう風に一般的な組織が出来上がっていると理解するべきであるとこの実証実験の結果は物語っている。いろいろ文句もあるがまずは組織に従いなさいという教訓じみた価値観もあるが、反面従属しすぎると自身で考える能力を喪失し、ひたすら組織の論理に埋没する危険を生ずるということである。
アイヒマンに関する過去のドキュメンタリなどを眺めるたびに筆者は自分自身の生活の中にあるこのアイヒマン・リスクとでもいうべき部分が気になる。何かに従属しているがゆえに自分で考えることを捨てていないかということである。ひたすら中間管理職のように生き、考える以上に職務といわれているものだけをひたすら実施する個人になっていないかということである。筆者の答えは常にNOであり、大多数の従属する個人にはなりたくないと思うのみである。苦しみながらも自ら思考し決断する部分に個人の価値観の砦がある。アイヒマンを眺めてそんな風に考えるのは筆者だけだろうか。

新興財閥オリガルヒに想う(永野)

●イギリスのチェルシーFCのオーナーはロシア人である。ロマン・アブラモビッチという。160億円相当の負債の肩代わりをする形でこの有名クラブを買い取ったのは4年ほど前のことである。2007年のFortuneによれば210億ドル(2兆5000億円)もの自己資産をもつ人物であるから、ポケットマネー程度の話であるのかもしれないが、旧ソ連末期を知る世代から見れば驚きを隠せない出来事である。
●このアブラモビッチや英国に亡命中のベレゾフスキー等を総称してオリガルヒという。日本語に訳せば新興財閥という言い方になる。社会主義から極端な資本主義化を目指したエリツイン政権の産み落とした経済界の怪物である。一代で巨万の富を築いた人間の定めであるのかもしれないが、彼らには常に黒い噂がつきまとう。政治・マフイアとの接点、買収相手先の経営権奪取の過程における非合法性など、数多くのネガティブな記事に事欠かないのである。
●小市民的な発想からすれば少々鼻をつまみたくなるところであるが、80年代末期のモスクワを終日歩き、食糧不足にあえぐ多くのロシア人たちを眺めた経験のあるわたくしからすれば、経緯はどうあれ、あの国の街角からロンドンのサッカーチームを手にいれるところまで成り上がったこの人物の成果とエネルギーには、少々の崇敬の念すらある。出来上がった組織の中で年功と内部の政治力学だけを頼りに生きてきた人間たちとは違うエネルギーがあるようにおもうのである。
●アブラモビッチにわたくしが関心をもつ理由の中には世代の近さもある。彼が1966年にサラトフで生まれ、ブレジネフ時代を生き抜き、ソ連邦崩壊後に自らビジネスのを立ち上げた時代はわたくしと多分に重なる部分がある。彼が新興財閥オリガルヒとなり経済界に君臨しようとしているとき、わたくしは一人のコンサルタントとして生きようとしていた。そんな符合がある。わたくしが彼と同じ立場になったら、サッカークラブを買ったりすることはないだろうが、何がしかの目標に向けてひたすら努力しようとするファイトの仕方という意味では、大いに参考にしたい相手である。