天空へ届け私のカミングアウト(木羅)

●田舎が彦根なので、本当なら今日あたり琵琶湖でも眺めているところですが、いろいろと事情もあって今年は自由が丘の自分の部屋でひとりせっせと原稿を書いております。帰りたくない理由はいくつかありますが、最大の問題は田舎で母上がセットアップしていると思われるお見合いのことです。
●別に結婚したくないわけではありませんが、私はどうもあのお見合いというやつが苦手なのです。殆ど見ず知らずの方と突然身の上話をしなければならないからです。それほど人様に自慢できることもなく、あれこれ説明をしている自分も嫌ですし、あげくの果てに間に入っているやり手の奥様から”どうも先方様は、恋人感覚わかないとおっしゃってるらしいですよ”などとメッセージをもらったりするわけです。突然あって恋人感覚もくそもあるかと、その慇懃無礼な返答に腹を立てている自分も何だかかっこ悪い・・・。要するに私はそういう堅苦しい場設定が苦手なのです。
●しかし次から次へと、ドラエモンのポケット、或いは打ち出の小槌のように、嫁さん候補を送り出してくる、彦根の母上というのも、執念の鬼です。たっぷりと画像が添付されたメールを毎度もらうたびに、同様に自分の写真が日本のあっちこっちに送付されている様を思い浮かべ、恐怖の日々でなのであります。日本全国でもてない三十代の筆頭のように扱われて、ひょっとしてSNSあたりで笑いものになっているのでは・・・、などと恐れおののいているのであります。
●軽口はさておき・・・。本当のところ、結婚したくない理由が私にはひとつだけあります。随分昔に別れた彼女のことです。証券会社に勤めていた彼女と私はある飲み会の席で知り合いました。決して派手でなく、どちらかといえば地味で堅実な印象の彼女の姿に好印象を持った私は、ある年の暑い夏の日から付き合うようになりました。私は平日はがむしゃらに仕事をする新入社員。週末は彼女の住む横浜まで毎度車を走らせて、日曜日の山下公園を散歩するという繰り返しでした。特別意識はしていませんでしたが、自然にゆけば結婚ということになるのだという意識が私の中にはありました。
●しかし悩める二十代だった私は、ある仕事で大きなミスを犯したのがきっかけでひどく落ち込んでしまいました。あらゆる世の中のことが嫌になった私は、旅に出ました。彼女にあれこれ説明するのも嫌だったので、ただ旅に出ると一言言い残して・・・。三ヶ月日本を旅してから、その後上海に渡り、陸路チベットを経由してネパール、インド、そして欧州という具合で、結局ポルトガルにいたるまでに一年ほどの時間をかけました。その間一切彼女には連絡をせず、結局日本に帰ってからも、電話一本しませんでした。既に消滅してしまったものだと半ばあきらめ、躊躇する自分がいたからです。
●さらに三年がたちました。ある日、以前飲み会に一緒に参加していた友人と丸の内でバッタリ遭遇したときのことです。自然話題は彼女のことになりました。友人がいうには、彼女は若年性のガンであることが一年ほど前にわかりわずか半年ほどで亡くなったということでした。なくなる数日前に彼女に会った友人は、”木羅くんのことは今では良い思い出だったわ”という言葉を聞いたとのこと・・・。
●衝撃でした。結婚を夢見ていた彼女を見捨てて、自分の傷だけを癒そうとしていた自分が、本当に嫌になってしまいました。以来、すべて忘れてしまおうと仕事に打ち込む日々を送りましたが、どんなに時間を使っても彼女のことばかり思い出すようになりました。それは女性との出会いについても同様です。誰と出会っても、彼女の印象が重なってなにやら心がそこにないような状態だったのだろうと思います。彼女にその苦しみをすべてさらけ出して、自分の至らなさをわびたいと思いつつ、お墓のある横浜にはどうしても出向くことができませんでした・・・。
●そしてまた新年を迎えました。私の中のわだかまりはなお消えていません。一人部屋で黙々と原稿を書くうちに、私はようやくお墓に参ろうと思うにいたりました。そしてこれまでの時間、自分がどこで何をしてきたのか、またこれからどうしていこうと考えているのか、そのすべてを話し、彼女の了解を得たいと思います。既に天空で私を眺めているに違いない彼女に、私が話そうとしていることはすべて自己満足なのかもしれません。が、私の長い長い停滞の時間が、このまま永久に続くことに、私はとても耐え切れそうにないのです・・・。年初の固い決意を胸に、明日横浜に一人出向くことにいたしました・・・。

あなたの人生は平岡常次郎でよいのか(木羅)

●漱石の小説”それから”の中に、二人の特徴的な人物が登場します。一人は主人公の代助、もう一人は代助が略奪する妻の夫、平岡常次郎です。初めてこの本に遭遇して以来、私の中にはこの代助のようなわたくしであり続けるのか、常次郎のように勃興したての資本主義社会の先兵として歪んだ経済人となるのか、ということを考えてきました。結論から言えば、”非現実的といえども代助の方がマシ”という何とも積極的ではない結論が、社会人になって何年目かを迎えた時の答えでした。
●実際に社会に出てみて感じるのは、如何に平岡常次郎のような人物が多いかということです。小説の中に登場する常次郎は、就職した銀行で横領の罪を問われ失職。その後新聞社に勤務し始めるも、社会の悪しき何かに影響を受けるように、性格に歪みを生じていく、という運命をたどっていきます。社会の中に生きていれば、金槌で頭を殴られるようなことが時に生じるのはやむを得ないことです。ポイントはこの不幸な出来事を通じて、自分自身も歪曲していく常次郎の姿です。そこまで自分を卑しい存在にしていかなければいけないのかということなのです。
●代助と常次郎の生きた時代は、維新からほどない明治・大正の時代です。武士階級の時代が終わり、四民平等を背景にしたガツガツした資本主義社会が始まるのです。しかしその資本主義社会というものたるや、生き馬の目を抜くような世界で、高邁な思想の実現を夢見ていた青年たちの夢はいとも簡単に敗れ去ったことでしょう。常次郎の姿というのはそうした社会の生み出したものといえるのではないでしょうか。
●しかし明治・大正という時代と現在はどれほど違いがあるのでしょうか。表面的には違っているように見えて、常次郎のような人物を生み出すという意味で、寸分違いがいない。それが私の社会に対する印象でした。俗に没することなく、一時的にわたくしであるにせよ、常次郎となるのだけはやめよう。そう思った私は、未だにこの作品を読み、かろうじて常次郎ではないということだけを確認しております。

デフレ病とは何であるか(木羅)

●以前ドイツ証券のチーフストラテジストだった武者陵司氏の識見については以前から感服するところが大きかった。あたるとか外れるとかいうことだけではなくて、多くの情報が乱れ飛ぶ中で市場分析のツボを押さえたコメントがなかなか小気味いいのである。
●武者氏は私の知らぬ間にドイツ証券は退任してしまったようだが、その後もいろいろな場所でレポートを書いている。その中でたまたま東洋経済の連載記事を読んでいると日経平均は4万円まで上昇するとの予言が書かれていた。5月7日現在で14000円ですからあと26000円も上昇するということになる。相変わらずすごいことをいう人だなと感心してしまうが、その中で面白いことを言っている。
●かいつまんでいうと、要するに日本(あるいは日本人)はバブル崩壊以後デフレ経済を生きてきて、すっかり”デフレ病”にかかかっているというのである。株は上昇することもあるけど基本的には下がっちゃう、だから危ない橋は渡らずに銀行預金にお金を預けたといたほうがいい。投資も絶対に儲かる話以外は一円もださない。まあそんな病気のことを言っている。
●この病気にかかると日銀の金融緩和の規模がフロー面で二倍以上に拡大しているというのに、資産価格が上昇するのは信じられないという具合に弱気でやり過ごしてしまうということになる。外国人投資家なら資金供給が二倍になれば単純に資産価格は倍かそれ以上になるから4万円くらいにはなるだろうと考えている。だから足元の彼らの高値買いは実は安値買いなのであるということになるらしい。
●指摘されてなるほどという気になる。私も損はしたくないドケチの分類にはいるのかもしれないが、日本全体が保守的なドケチ根性に汚染されてしまっているのかもしれない。無理にデフレ病にかかる必要もないし、まあ順張りでいろいろなチャンスに人生をかけてみるということが必要なのでしょう。武者氏の言葉は時に株式市場の動きを超えて意味深い格言を与えてくれているようだ。

「満州と自民党」(新潮新書)を読む(木羅)

●久々に新橋のとある会社を訪問した後3時間ほど余裕時間ができた。外で冷たい雨に打たれるのも愉快ではなく、また勤勉にこなす義務のある至急の仕事も特にないので、喫茶店で本を一冊読むことにした。最寄の書店で新書を購入し、コーヒーショップのソファーで煙草をのみながらゆっくりと読んだ。「満州と自民党」(新潮新書)という題名の本である。率直に言って悪文であることや、主張のキーポイントがまことに掴み難い構成となっていることには少々辟易したが、反面で論旨を深追いせず短時間で読了することができるという思いがけぬ長所もあった。
●内容的には、戦前・戦中期に満州において統制経済を志した岸信介など満州人脈に関わる人々が、敗戦後の日本で同様の仕組みを構築し、55年体制を築き上げていったことを中心に据えている。従って時間軸として前半部分では満州でのエピソード、後半部分では現在の自民党の姿を形作る原因となった保守合同の経緯などが描かれている。ただ描き方として、個別人物の印象的エピソードや雑学めいた周辺情報を多く用いすぎたが故に、統制経済の骨格や保守合同を目指した背景などを合理的に説明するコンテキストがきちんと構築できていないのである。具沢山だが、メインディッシュの味付けに手を抜いた疑いが大いにあるといっていい。
●否定的な感想ばかりを述べたが、悪い気分だけというわけでもない。憂鬱な午後の時間からわたくしを解放し、戦中の満州人脈の面々についていろいろに思い描く時間を与えてくれたという意味では少々の感謝の念もあっていいだろう。エピソード群が多いという特性によるものだろうが、二杯の焙煎珈琲の苦味と同様、心地よい印象の残像のようなものが多少ある。特に若手官僚として大陸での経済運営に胸膨らませる岸信介たちの姿には、現在のわたくしの心境に多少通じる部分もある。決してお奨めの部類には入らない本だが、効用は人により各種ありうるという意味で、単なる駄作とも言い難い著作である。

巨匠ルキーノ・ヴィスコンティを観る(木羅)

●負のスパイラルという言葉がある。マイナスがマイナスを呼び加速度的に状況が悪化する様を表したものである。コンテキストとして、政治・経済面で使われるケースが多いが、一般人の生活の中にも多々ある。ひとつのボタンのかけ違いが次の災いを招き、解決不能なレベルまで問題が混沌とすることである。問題点の発端まで遡り問題解決を図ろうとする努力すら不毛となったとき、最終解決の手段は終末的なものとならざるをえない。
●そんなやや抽象めいた感想を抱かせる作品にルキーノ・ヴィスコンティ監督の作品「郵便配達は二度ベルを鳴らす」がある。イタリア・ポー河沿いのレストランを夫と営むジョヴァンナは、ある日店にふらりと現れた男ジーノに魅せられる。程なくのっぴきならぬ関係に陥ったふたりは、自由に愛し合える環境を築くために、夫を自動車事故に見せかけて殺害する。が、思いがけず罪悪の意識にさいなまれるジーノと、淡々とレストランを経営し続けようとするジョヴァンナの間にはやがて溝が生まれ、お互いに傷付け合い、終にはかつて殺害の手段として採用した自動車事故に自ら遭遇する悲劇を招くことになる。
●単に負の連鎖構造を因果応報として描き出すのではなく、社会情勢や原罪としての欲望というものに焦点を当て、不可避で必然的なスパイラルを表現している作品である。意図した結末ではないが、そうならざるを得ない悲しみが描かれているのである。表層的な理解を超えて、どろりとした深層的な欲望や感性を描きこもうとするヴィスコンティらしい作品で、何か深い感銘を受ける。今晩久しぶりにこの作品を見たのは単なる偶然だが、いろいろな社会の利害関係に翻弄されているわたくし自身の姿を逆にあぶりだされているような印象を持った。三十代後半を迎え可逆的な欲望に揺れるわたくしには、何かの必然でこの映画を観ているようにすら思えてならないのである。秋から冬にかけてのこの時節には、やや深層に響くこのような映画を観てみるのも悪くない。

枕辺にて歴史書とともにある夜~「独ソ戦全史」を読む(木羅)

●最近寝る前に必ず戦争の本を読んでいる。特に理由はないが60年という時間が経過したところで、戦後生まれなりに総括してみたいというような気分があるからだ。特に日本という国に拘らず、ドイツや旧東欧圏の敗戦国側の事情や、冷戦終結とともにプレゼンスの低下した旧ソ連地域についてもあれこれと情報を入手するようにしている。これは日本という国の感傷めいた記憶だけを頼りにするのは少々偏りを生じる危険があると考えているからである。戦後の文壇関係者やマスメディアのコンテキストだけを入手していても本当の姿は見えないのではないかという自分なりの考え方がそこにはある。
●ただ戦争の事情について詳らかに事実を知ろうとする作業には少々辟易する部分もある。いつどこで何があったのかということについて事実を重視するあまり、読み物として楽しみを得ることが極めて難しいからである。淡々とソ連第XX軍がスモレンスクでドイツ親衛XX軍と交戦・・・という具合に文章を展開されると、地図や軍事用語集などを見ながら、ほほうそんなことになっていたのかと知るまでに随分と骨が折れる。小説本のように一日に数百ページ読み進めるのは精神的に苦痛だから、寝る前に数十ページ程度だけ読むようにしている。苦痛は少々で、着実な前進があるのと、疲労感は睡眠とともに雲散霧消するというメリットもある。
●今日紹介するのは、ここ10日ほどかけて読んだ「詳解 独ソ戦全史」である。主として東部戦線におけるドイツと旧ソ連の戦いを調査・執筆した作品だが、例に漏れず淡々と連続する事実の描写にやや根気が必要な本である。しかし、旧ソ連側の公文書を基礎資料に加えているため、定説を覆す新事実などもありなかなか面白い部分もある。特にワルシャワ蜂起において、ソ連軍が故意に進軍を停止しポーランド蜂起軍を見殺しにしたという定説に対して、実際には戦術上の理由から進軍自身が不可能であったという事実を記している点などなかなか興味深い。東西関係の緊張の中で旧ソ連に対する西側の思い込みがやや強く出た結果ではないかと思うが、現代史のある一定の割合がこのような思い込みによって構成される部分がまだまだあるのだということを示唆しているようにも思える。既に60年も時間が経ったあとではあるが、深夜黙々と事実を確認するのも、そういう意味でなかなか楽しい作業でもある。

HIS創業者・澤田秀雄氏を読む(木羅)

●HISの創業者澤田秀雄氏の本「HIS 机二つ、電話一本からの冒険」を読んでみた。創業者といえばIT系のアグレッシブなビジネスマンの印象が昨今強いが、この本の中に登場する澤田氏の場合、趣味趣向から生じた意欲がビジネスにそのまま生かされていている部分があって、どこか心休まる気がする。わたくし自身、学生時代を中心にあちこち旅をしてきただけに、利益率やリスク係数などの観点とは別の次元で、自然に起業の意欲が理解できるのである。おもしろいものである。
●勿論企業経営者としての現実的で力強いアプローチにも魅力はある。格安航空券販売の草創期にパック旅行を販売する総合代理店からの圧力に屈することがなかった点や、飛行機会社がなかなかコンタクトに応じてくれない中で年配者の声色を使ってまで果敢に挑戦し続ける姿勢には、常識を超えたエネルギーがある。一歩間違えば狂人扱いされるかもしれないが、姿勢は常にポジティブである。
●ただこのような腹に力の入る局面において、心のどこかで目の前の困難を愉しむ余裕のようなものが澤田氏にはある。キャラクターであるという以上に、ビジネスそのものに夢や希望を感じている人間の強さのようなものがあるように思う。直接説明を加えてある箇所はないが、文章と文章の間から匂うように伝わってくる。額に汗する価値に不自然さがなく、底流にある自分自身のテーマに沿う者だけが享受することができる喜びのようなものがあるように見える。
●起業して巨額の資産を得るというのも大きな目標にはなるが、お金の使い途や、事業そのものから得られる満足感のようなものを適宜感じ取れるかどうかということも、起業を図ろうとする人々にとって大きな要素であるように見える。大きな石の塊を眺めて、出来上がった後の彫像を思い浮かべながらノミを振るうミケランジェロには、目的的な情熱とノミそのものから伝わってくる振動の手ごたえを愉しむ職人気質な喜びがあったように思う。同質の香りが感じられるという意味で、澤田氏のビジネステーマの選択と実行の過程には多くの示唆材料があるように思った次第である。

情勢判断への嗅覚の欠如を想う(木羅)

●昨今日中電車で東へ西へという具合に移動することが多い。仕事に関連することもあれば私用のことも多分にある。パソコンや各種情報機器類を持ち運びながらの移動なのであまり大きな単行本は体にこたえるから、軽量の新書本や単行本は必須のアイテムになりつつある。日常の煩瑣な現場で物語の世界をひと時愉しむのは悪くない趣味である。
●今週前半では竹内修司氏の「幻の終戦工作」を読んだ。ドイツが先に敗戦の憂き目に会った後、日本政府の関係者により連合各国に働きかけた終戦工作について記した本である。決して小説本のように面白く物語が展開する形式ではないが、史実を丹念に追跡して構成しているのは新書本にはない特徴で、結果として非常に面白く読むことができた。特に関心を持ったのは、日本政府中枢で国政を統括する人々に、国際情勢や外交上の微妙なコンテキストを理解しようとする意欲が希薄である点である。無条件降伏を求める各国に対して国体護持に固執しすぎた故にボツダム宣言受諾の申し出が遅れ、結果として二度にわたる原爆投下やソ連の参戦などを招いたこと。或いは、効果よりは不利益の方が多大に予想される、スターリン配下のソ連に対して仲介斡旋を依頼するスキームに固執する姿勢は、あまりにもバランス感覚が欠如しているといえる。
●開戦の時がそうであったように、終戦のときにも情勢判断とタクティクスに問題があったといえる。石油の備蓄などの面で2年間で追い詰められるのがわかっていてパールハーバーを奇襲し、終戦時には存在しないオプションにこだわるあまり、本質的な着地点のあり方をマネージできなかったということである。一個人のレベルの問題ではなく国家という巨大組織のレベルで、追い詰められた鼠のようなアクションに終始してしまうのは大いなる歴史の反省材料であるといえる。無手勝流に対応方策を決定していくはるか以前から、何処に如何様に着地するかを適宜予測し続ける繊細な嗅覚と判断力が当時の日本政府には欠落していたように思う。現代の国家機構のみならず企業経営の現場でも、本質的に必要なのはこのような能力ではないかと思う。示唆材料を数多く提供してくれる史実である。

ロマノフ王朝遺骨調査を知る(木羅)

ロマノフ王朝の最後の皇帝ニコライ二世は、かつて日露戦争を戦った日本としても忘れがたい人物である。彼の家族であるアレキサンドラ皇后、息子アレクセイ、並びに三人の皇女がロシアの中部エカチェリンブルグで謀殺されたのは、ロシア革命の半ば1918年のことであるというのが歴史上の定説である。が、皇女の一人アナスタシアや皇子アレクセイを名乗る人物が後世数多く登場したことなどから、謀殺の真偽は歴史の闇の中に葬られたミステリーとして扱われてもいた。
●その謎が70年以上の歳月が経て明らかになったという話を耳にしたのは十年程前のことである。諸般の事情もあり、出版された何冊かの書籍について、その後フォローする機会がなかったが、この連休で漸く著名な本を数冊ほど読をことができた。中でもロバート・K・マッシーの著作「ロマノフ王家の終焉」が、内容の深さや構成上の妙などの観点から最も興味深く読むことができた。このジャンルの本で、これほど愉しみながら読める本はなかなかないのではないだろうか。ピューリッツアー賞を貰うだけのことはあると、暫し感心するとともに、時間のたつのを忘れ、一日で一気に読み終えた。
●前半部分は、エカチェリンブルグ近郊で発見されたニコライ一族と思われる遺骨と鑑定のプロセスが描かれる。DNA鑑定という現代が生み出した最終兵器を活用して、この王朝最後の家族がイバチェフ・ハウスの地下室で殺された歴史的事実を解明する。後半部分は、この事件の後、次々と登場する詐称者たちのことや、現代のロマノフ家の関係者たちのことについて極めて詳細な記述がある。
●特に興味深いのは、DNA鑑定のために、発見された遺骨と、ロマノフ家と姻戚関係にある人物たちの血液などの照合を図る部分である。ヨーロッパの王室が姻戚関係で緊密に関係を持っていることは勿論知ってはいるが、ロマノフ家の血筋を確認するために、現代のイギリス王室やドイツの旧貴族たちを対象とした調査が行われ、その血縁関係の謎を解いていく部分には、手に汗握る興奮を感じるのである。憶測の域を出ない定説が、複雑な遺伝情報のパズルを通して、歴史上の事実として認知されるプロセスには、人類の神秘を美しい方程式で解きほぐすある種の芸術性があるといえる。
●70年間も裁判で争われたアナスタシア裁判について、この技術から得られた結果がいとも簡単に裁定を下してしまったことは、今後、多くの歴史的な謎を解く切り札として、この技術が画期的な役割を果たす可能性を示しているといえる。将来に向けて、この技術が解き明かす新しい事実に、わたくしは大いなるロマンを感じる次第である。


幕末180度の意識改革~攘夷から開国へ(木羅)

幕末の歴史の中で尊王攘夷という運動が盛り上がっていたのは、現在の日本の状況からすれば真に不思議な光景である。現在の日本という国は世界貿易の恩恵をこうむらずして生きていくことは極めて難しい。外国との交流や経済関係の構築などを排除する理由は何一つないといっていい。そこから幕末という時代を眺めると、何故国論を語る多くの志士が外国との交渉を忌み嫌ったのだろうかとふと考えてしまうことがあるのだ。
●反面、攘夷運動の主軸を形成していた長州藩などが一転開国に転じるということもまた不思議なことである。薩英戦争下関戦争で敗北し、国力の違いを認識したことが出発点となるのだが、各々1863年と1864年の出来事である。明治維新のわずか数年前であるから、その短い時間で認識を改めたということになる。節操がないといえば節操がないが、列強の世界にあって何とか生き残る道を模索しなければならないという高い志を優先したともいえる。
吉村昭氏の著作「生麦事件」の中には、生麦事件以後のこの2つの戦争について極めて詳細な記述が行われていておもしろい。ある意味でファナティックな攘夷派の志士たちが列強との実戦を通じて開国派に変っていく経緯がまことに丁寧に描かれている。何度も議論を尽くした結果以上に、究極の具体性とでもいうべき強烈な実体験が志士たちに再考を求めたといっていい。
●歴史的な転換点にはこうしたエポック・メイキングな出来事が常に起こるものであるのかもしれない。国論を二分するような議論を巻き起こす事件が発生し、善処すべき方向性を模索することは、過去の歴史の中だけでなく今後の日本でも枚挙にいとまなく訪れるだろう。場合によって過去の信念を曲げてでも、新しい潮流の中で自分たちの姿を考え直さなければならないときもあるはずだ。その時、日本という国が高い志に基づいた判断能力を再び発揮することができるのだろうかとふと考えてしまうのは、わたくしだけだろうか。