江戸を南から北へ(浦崎)

●知人のキックボクシングの試合があったので泉岳寺から後楽園ホールまで歩いて行ってみた。先週夏物のメッシュ・キャップを買ってあったので、泉岳寺から三田を抜けて新橋、日比谷公園から一橋といった具合に、炎天下の都内をひたすら歩いた。危険な気候だと盛んにニュースで言ってはいるが、昔歩いたバンコクやホーチミン、アレキサンドリア等に比べればまだまだ何とか歩ける。かなり気持ちのいい一日だった。
●片道10キロ程度だが車で通過すると見落としてしまういろいろなことに気が付いてなかなか面白い。そもそも自分の家のすぐ先に荻生徂徠の墓があることに気が付いたのも今回が初めてである。著名な赤穂事件の処理において、武士としての情と法治の論理を峻別してみせた手腕は、怜悧すぎて江戸の町人文化の中では今一つ人気が出なかったのだろう。四十七士に比べると、墓は駐車場の隅に位置しており、ひどく質素な扱いであるように思える。
●歩いていて気が付いたもう一つのことは、桜田門外の変で有村次左衛門が深手を負いながら井伊直弼の首を引きづって歩いたといわれる距離だ。桜田門から近江三上藩邸(現三菱一号館美術館)まで歩いてみたが、約一キロあり、直弼の生首が10kgほどもあったとすると、現代なら米屋でも車で運ぶだろう。それを彦根藩士の一撃による深手をおったまま、雪の中を運んだのだから治左衛門もなかなかのつわものだったに違いない。実際歩いてみないとわからないことだ・・・。
●さて皇居を抜け湯島天神近辺から水道橋を経て目的地に着いたのは夕刻五時。知人の試合は6時からはじまりあっという間にKO勝ち。随分時間をかけてやってきたのだが、そそくさと帰路につき、同じ道を再び泉岳寺方面に向かった・・・。合計約20キロの工程だが、オリンピック準備のためか、道も整備されてきており、ロンドンなどと比べてもちょっと悪くない雰囲気になってきたように思う。

ヨゼフ・ボイスのこと(永野)

●どうも現代美術は不案内です。しかしちょっとした事情でモダンアートに関する日本語の文章を英語にしなければならなくなったので、慌ててあちこち情報を集めて勉強することになりました。特に表題のヨゼフ・ボイス氏の名前は頻繁に登場したため、かなり苦心して作品を眺めてみることにいたしました。
●しかし、これは意外なのですが、結構おもしろいことを表現しているなという印象を抱きました。理解の外だったものが、何やら腹に落ちてきたと感じたのです。
●言葉で彼のすべてを表現することは、彼が特定の理解や形を超えていく何かを表現しようとしている作家ですから、あまり適当ではないのですが、あえて一言でシンプルに言えば、近代美術がある固定的な概念を前提に出来上がっているものと理解して、その前提条件や思い込みを離れた枠の外から芸術作品をとらえようとした、とでもいえるかもしれません・・・。
●ちょっと脱線しますが、科学の世界で例えていうと、アインシュタイン博士の定義した相対性理論と同質の視線の入れ替えがあるような気がします。重力や加速度などがどのような前提のもとに成り立っているのかということを明らかにして、方程式はそもそも本質的にこうなる(ちょっと難しい話になるのえ詳細は割愛します)・・・、という形の入れ替えです。力学の発展形だった物理学がそこでひっくり返り、より大きな方程式の中の一変数として改めて位置付けられる・・・。常識的で固定的な何かは小さな思い込みだったことに全員が気づき、なるほどと思う。これはおもしろい体験です。
●そんな訳で、久々に味覚の錆が落ちる体験をいたしました。ボイス氏のことですっかり賢くなったような気がしている私には、今やモダンアートや科学、文学、そして歴史にも特段の違いはなく、等しく芸術的であるように感じられて、何ともうれしい午後の時間になりました。
●しかしドイツ関係もなかなか面白いものだなと今回思ったわりに、ちょっと後ろめたい気分が残るのは、大学生時代にドイツ語の勉強を怠ったことです。興味を持っても原文を読み解けないという壁がある以上、そこは結構なハードルなので、ドイツ語に詳しい人物や英語のうまいドイツ人に頼らないといけないことになります。もっと学生時代に勉強をしておけばよかったと思うのは、永野ばかりではないでしょうね。

浦上玉堂のこと(阿房)

●千葉美術館で浦上玉堂展をやっているらしい。芸術音痴の阿房には豚に真珠ですが、教えてくれた同年代の知人によれば、中年の星のような人らしいのです。岡山藩で家老格の大目付までやったのに、50歳で突然脱藩し、諸国を放浪、芸術の世界を極めようとするのです。日曜日の午後のただれた時間に、喫煙コーナーで、その話を聞いた中年阿房としては、長嶋茂雄以上のスターに見えました。
●50歳を超えて脱藩というのは、26歳で同じことをした坂本龍馬よりもすごい。 張本勲さんがメジャーリーグでホームランを打つようなものだ。阿房のバカ息子がふてくされて家出するのとは訳が違う。現代の50代なら、長いものにぐるぐる巻きにされて、足腰もふらつき、放浪するにしてもせいぜい日比谷公園どまりだ。
●最近同年代知人と話す内容は、五十にして立つということです。阿房などは吠えるばかりで、家に帰ればオニババならぬ妻の家畜だけれど、知人はちょっと違う。家長としての責任はすべて果たしたうえで、玉堂になるべく準備している。よしわかった、阿房は自分ができないなら、この知人を助けて、自分の夢も果たしてもらおうと強く思いました・・・。
●しかし藤沢近傍の店を後にしてからトボトボと道を歩いているうちに、やはり阿房自身も自分のことを考えてしまいます。妻子は退職金をすべて渡せばきっと放免してくれそうだ。会社は、そもそもニコニコしてお疲れさまといってくれそうだ(社長は不良在庫処分の最良の機会と思うに違いないから)。問題は住宅ローンだ。妻はきっと持って行けというだろう。う~ん。やはり出口がない・・・。玉堂を目指して立ち上がった瞬間に、無一文どころか破産してしまう・・・。何度考えてみてもやはり、自分は玉堂にはなれない・・・。永遠の尊敬の的だけれど、夜空の星のように一向に手の届く気がしないのは阿房だけか・・・。

ふとサルトルを読む(浦崎)

●随分長い間文章を書かなかった。その間、これといって関心があるわけでもないのに映画や芝居は観た。が、興味深いものには出会わなかった。芸術作品は多種多様にあるけれども、私の場合はやはり活字のほうが向いているように思った。
●二十年ぶりにサルトルを読む。昔のものとは違い、最近の翻訳は練れているからストレスがない。したがって改めて受ける感銘にも新鮮さがある。嘔吐の主人公ロカンタンと自分自身の思考回路が極めて似ていることに、今更ながら気づいたのは、思いがけない収穫だった。
●いろいろな屁理屈をこねる以前から、どうしようもなく存在している自分は何者なのか、という問いに答えてくれるのはサルトルだけだったように思う。もちろん答えは何者でもない、というシンプルなものだ。人は面倒な生き物だから、社会ではもっともらしい意味を持ちたいと願う。しかし意味は殆どが、勝手な解釈論に過ぎない。死後に評論家や子孫にでも与えてもらうべきものだ。
●無意味であることを虚無的だと若いころは考えた。苦しみの源泉にもなった。しかしこの思考は間違いだと気づいた。元来存在しないだけで、自分自身と対話して導き出す”何か”は、非常に有機的なものだった・・・。サルトルを久々に読んで、そのようなことを考えた。春の到来を思わせる、妙に暖かい週末の出来事だった。

幸徳秋水とソクラテスの弁明(浦崎)

●大逆事件の後、捕縛されて死刑を待つ身の幸徳秋水が、最後に遺した死生という随筆がある。歴史の専門家の最近の研究によれば、そもそも大逆事件において幸徳秋水にかけられた疑いは完全な冤罪であったということだから、事実に反する旨を延々と述べてもよいのだが、記述されているのは死そのものに対する幸徳の洞察のみである。
●文章の中に見えるのは、40歳になろうとしている矢先に罪人として処刑されることに対する苦痛である。結果として死を迎えることについては、言葉の上では懸命にたいしたことではないと述べているが、本心においてやはり合理的精神を超えた部分で恐怖していた形跡がある。古今東西の著名な人物の死と対比することで、眼に見えない非合理な恐怖心を鎮撫しようとしているように見えるのだ。
●ただこの幸徳の死生観は現代でいきている私にはある部分で共鳴するところがある。単なる自己愛としての長生などに大きな意味を見出すよりは、本願成就そのものにこだわるべきだと、自身も思うからだ。結果としての長生はあるにしても、目的・目標としての長生はそもそも本質が不明である。歴史上ヒトが短命に終わるという時間が長く続いたことに対する反作用として、無条件に長生をよしとする風土が生まれただけのことだろうと思うのだ。
●幸徳が文章の中で取り上げている著名人の中にソクラテスの名前がある。同様に裁判に掛けられて刑死という不幸な運命に終わる哲学者である。この人物の裁判における2000年以上前の主張は、弟子たちが残した文書のおかげで”ソクラテスの弁明”(Apology of Socrates)として現代の人々も裁判の内容を吟味できる。幸徳秋水の大逆事件については、たかだか百年前の出来事であるのに、いまだに再審も行われず、事実は今もって闇の中である。幸徳の文章を読めば読むほどに感じる無念さを思うと、戦前であるかどうかを問わず、また本人が既に死んでいるかどうかを問わず、改めて再審をしてもよいのではないかと、強く感じる。罪が罪でないということの証明もあるが、幸徳の本願自身を、ソクラテスの言葉を聴くように、現代において再評価するべきだと思うのだ。

法頂和尚のエッセイを読む(ゲオルグ)

●欧州からアジアに帰ってきてからしばらく韓国におりました。特別な理由はありません。単純に欧州から一番リーズナブルなフライトを探していたら、たまたま大韓航空に出会ったというだけのことです。折角なのでしばらくぶらりと韓国から北朝鮮国境に至るまで、あちこち旅してまいりました。
●興味深かったのは、韓国はキリスト教徒が多いという先入観を持っていたのですが、実際には若い人を中心に結構な比率で仏教徒がいるという事実です。たまたまソウルの大学で学生から聞いた現代の韓国仏教界の高僧の名前をノートにメモした私は、早速この人物の著作を買い求めました。ソウルから東京、東京から大阪へと向かう途上、特別急ぎの理由もなかった私は5冊ほどtの本を一気に読了しました。
●法頂(韓国名:ポプチョン)和尚という人物です。宗教界の人物が書いたとはとても思えないざっくばらんな表現を用いているためでしょうか。普通にエッセイを読んでいるような感覚を最後まで持ち続けました。小難しいドグマが披露されるわけでもなく、説教めいた常識論をとくわけでもない。仏教への帰依を求めるわけでもありません。一流の随筆家の文章を読んだような満足感だけが残るという非常に貴重な時間でありました。
●特に感銘を受けたのは、所有という人間の煩悩に関する部分です。所有する喜びといいながら、喪失するときに泣き喚いてまで未練を残す人間の様を、淡々と愚かしいと感じ、一切の所有を放棄することこそ自然であるとといています。何も持たずに生を受けて、何も持たずに死ぬのだから、そもそも一体何のために、何を所有するのだというのです。大変的を得た指摘で、欧米流のひたすら生きている時間を謳歌する人生観とは一線を画していると感じました。
●韓国人の若者たちと話していたときの話題でもあるのですが、人生を富の際限のない追求の物語として捉えていくことに、私自身も大変な疲労感を覚えています。韓国に限らず、欧州やアメリカ、その他新興国においても、同様の傾向はあるでしょう。心の安寧を乱してでも、富を追い求め、その結果として大邸宅や高級外車を所有する。妻子に必要以上に良いものを分け与える。そういう生をハッピー・エンドにする物語には不毛感だけがのこるようになりました。所有という妄念を捨て、自ら足ることだけのために、時間を使う努力をしなければいけないなと、改めて考える良い機会になったような気がいたしました。

アンブローズ・ビアスと芥川龍之介(浦崎)

●アンブローズ・ビアスの短編を読んでいる。読めば読むほど感じるのは芥川龍之介のことだ。年代的に近いビアスの作品を読んだ芥川が、少なからず影響を受けたのは間違いない。ビアスの作品を読む前に芥川の短編に親しんできた日本人ならば、ビアス作品を読むと同様の感想を持つだろう。作品の構成、リアリズムに徹した引き締まったプロットなど、いずれも瓜二つに見える。
●影響を受けると、文体や構造が似てくるのは古今東西やむをえないことだろう。構造的にビアスに同質の匂いを持ってしまった芥川は、自身のテーマを日本の古典に求めても、やはりビアスの影から脱しきれていないように思える。同質性を超えて、オリジナリティを色濃くしていく前の段階で芥川は自殺の道を選んでしまったから、尚更だ。短編の名手だったが、長編を手がけなかったビアスと同様、芥川も短編作家の枠を超えられないまま、最後を迎えてしまったのだ。
●ビアスの作品には、当たり前だが、芥川が模倣し切れなかった、深みを感じさせる部分が豊富にある。特に南北戦争に従軍したり、新聞記者としてすごした時間の積み重ねが、古典という器に縛られた芥川をはるかに超えるエネルギーの源泉になっていると感じる。著名なところからいえば、”アウル・クリーク橋での出来事”(原題:An Occurrence at Owl Creek Bridge)があるだろう。死を前にした瞬間、妄想のように湧き上がる人間の夢や映像的な過去の記憶というものを、きわめて実感的に描ききっている。フィクションであるかノンフィクションであるかという、読者側の猜疑心を打ち消してしまうような吸引力があるのだ。
●決して芥川の才能を下に見るということではないが、どちらかというと源流的な位置づけにあるビアスの作品がもっと日本でも読まれてよいのではないかと考えている。とかく学校の教科書では、日本人作家の作品ばかりが掲載されてしまう傾向にあるから、やむをえないのかもしれないが、短編小説の名手、ビアスの作品に高校生時代にでも接していたら、熱しやすい私はきっとアメリカへ渡って、二度と日本の土を踏まなかったことだろう。

加島祥造さんのこと(永野)

●加島祥造さんが面白い。もともと翻訳文などをかかれていたので、早川書房の本を買い求めたときなどにちょくちょくお名前を見る程度だったが、老子を詩文であらわした本を数点読むにつれ、深い興味を抱くようになった。そんな矢先、ETV特集で加島さんの住んでいる伊那谷の美しい様や、前半生の生き様などを知って、大いに共感するところがあると思うようになった。
●元来私が老子に接するきっかけとなったのは、トルストイである。ロシア文学に流れる大地崇拝的な部分と不思議に調和する何かを感じ取ったトルストイが、老子に触れてタオイストになっていく様を知った私は、やや大きな迂回をする形で老子に関心を持つようになった。自然に竿をさすような生き様を繰り返してきた私自身と、相反していて、なおいきいきとして、無理がない老子の姿は、これから自分の思考を円熟させていきたいと思っている私には大変輝いて見えたのだ。
●その理想的な思索と自然の共生の姿は、現代日本では加島祥造にみることができる。家族を捨てて山にこもる生活を送っていることに世俗的な意味での反省の念を持たず、少年の頃に見た自然とのかかわり、そしてその時代に存在した生に対する瑞々しい感覚を再生しようとしている姿は、老子やトルストイが目指した形に、非常に近いように思える。
●ただ加島祥造さんの場合、ちょっとだけかわいらしく、世俗性が垣間見えるのもいい。捨てはずの家族と再会して会話をする姿に、家族に対する少々の気恥ずかしさと深い愛情の残滓が垣間見えるのだ。完全に独立して、世俗と縁を切ろうとする仏僧とは異なる。教条的な唯我独尊ではなく、揺れ動く感情自身も自然の内の一つであると思わせるような柔軟性がある。要するに無理がない。
●90歳を超えて尚かつたつにいきる姿を眺めるのが、そういうわけで私には非常に楽しい。肩書きもなく、ただ自分流にがんこにいきているようで、かすかに世間と接しており、また童心を忘れない。その姿はトルストイと老子を経て、私自身が理想とする姿に近いのではないかと思う。伊那谷という場所かどうかはわからない。ただ同じく静寂と自然の風光明媚を贅沢に味わいながら、人間世界を粛然と考えられる空間を私も求めている。何年先になるかわからないが、終の棲家を求めて私自身を旅をしてみたくなった。

アンパンマンとやなせたかし先生(阿房)

●さて我が家の娘は今日も中央線沿線のどこかで路上ライブでもしているのではないかと思って、ブラブラ道を歩いておりましたところ、おりました、やっておりました。いやいやなかなかいいじゃないといってあげたいところでしたが、やはり下手でありました。下手には下手といってやるのが愛情なんでしょうが、私も娘には甘くなってしまい、人影まばらな街角からそっと覗くだけにいたしました・・・。
●しかしこの娘、むかしむかしは可愛かったのであります。特にアンパンマンにご執心だったころなど、私も一緒になって絵本やアニメを制覇いたしました。おかげさまですっかり中年アンパンマン研究家となり現在に至るのであります。娘はすっかり飽きてロック音楽へ旅立っていきましたが、私阿房は作者のやなせたかしさんがお亡くなりになるまで、ずっとファンであり続けたわけです。
●やなせさんというのは実はすごい人なのであります。五十代前半まで泣かずとばずのフリーターのような生活を送り、ある日突然思い立ってアンパンマン絵本を書き始めたのです。しかもそこからがまた長い。幼稚園などで絵本が人気沸騰してから、さらに十年の歳月を経て、アニメ化されたのであります。やなせさんはすでに六十代後半になっておりました。阿房がやなせさんからサインをもらいはじめたのはこの頃からですが、やなせさんの前半生を深く知って、阿房の至らなさ、未熟さというものを猛省したのをよく記憶しております。
●さてそのやなせさん。今年お亡くなりになりました。今年最大の悲劇でした。今となってはやなせさんにもらったサインと、そこに書かれた”阿房君も阿呆らしくがんばれ”という言葉だけが私の財産となりました。涙目になってその色紙を眺めていると、いかれポンチになった娘が”オヤジなに泣いてんの、かっこ悪リイ~”などと揶揄いたします。ショックだった私は、娘だけには遺産は残すまいと妻に話したところ、残すほどの財産もないのによくいうわと、鼻であしらわれる始末。むしろ借金残さないでね。色紙~、それはあんたが死んじゃったらもちろん売るに決まってるじゃない・・・。女という生き物のロマンチックでない現実主義者を、私は呪うほかありませぬ・・・。
●多少横道にそれました。エヘン。でもやなせさんの価値を私はきちんと知る人間として、そのご意思を引き継ぎたいと考えております。現実にめげず、リアリストで皮肉屋の家族に負けず、毎日阿房(阿呆)らしく、浮世を生きるのであります。五十になっても、六十になっても・・・。

毒のある作家ミシェル・ウエルベックに注目(浦崎)

●一風変わった文学者に注目しています。フランス人小説家ミシェル・ウエルベック(Michel Houellebecq )です。一風変わったという表現をする理由は、最近妙にこぎれいになっている文学界にあって、イスラム原理主義やセックス産業に関するやや際もの的な題材を積極的に使用するところです。
●考えてみれば芸術界というものは、常にスキャンダラスな題材で先鋭的な境地を築いてきた歴史があります。ゴヤの裸婦のデッサンにしても、江戸時代中期から末期の芸術作品にしても、際物前衛主義のようなとがった素材活用が盛んでした。それが不思議なことですが、アカデミズムの研究対象となりはじめるころから、紳士然とした身奇麗さを装い始めます。ある意味で変な話です。
●そうした身奇麗な芸術家の中にあって、ミシェル・ウエルベックは挑戦的です。現代の社会倫理的規範からすればある意味で鼻つまみ者です。既存の宗教関係者や政治家・役人、家庭の主婦あたりに言わせると、ヒトラー並みの扱い方なのですが、私個人からすると文学作品の原点的な力強さをもった作家のようにみえてきます。立派にゴンクール賞の受賞者であるのですが・・・。
●代表作の素粒子(原題:Les Particules elementaires)は映画化もされた作品です。自分自身の存在不安を抱えつつ教え子の前で自慰行為をしてしまう教師、愛情の喪失と渇望の渦中でフリーセックスに浸る女性など、登場人物の作りこみはこの作家ならではです。加えて脊髄を損傷した女性が車椅子生活に耐え切れず、マンションの高層階から飛び降り自殺するというプロットも、勝手に宗教や社会が作り上げた倫理観を拒絶して、物語的でなく突発的衝動に基づく自然でリアルな本質として描き出しています。久々に前のめりに社会を見ている作家に出会ったような気がして、非常に感銘を受けた記憶があります。
●しかし私にとってはひとつ残念なことがあります。フランス語の苦手な私にはせいぜい英訳でしかこの作家に接することが出来ない点です。大学でドイツ語を選択してしまったという悲劇は仕方がないにしても、その後怠け癖も災いしてフランス語はついにものにできなかったのです。この手の不得手というのは、人生の中でもっとも後悔する問題ですが、こと文学作品に関する限り深刻ですらあります。外国語の勉強だけはもっとしておくべきだったと反省させてくれる意味でも、ウエルベック作品は面白くまた魅力的であるのです。