守銭奴スクルージのこと(ゲオルグ)

守銭奴高利貸しと呼ばれる人は、古来から小説によく登場します。古くはギリシア・ローマ時代に遡り、馴染みのあるところでは、モリエールやシェイクスピア、ディッケンズ、ドストエフスキーなど、現代にいたるまで欠くことのできない人物像となっています。
●興味深い点は、大抵どの小説でも悪魔のような描かれ方をすることです。返済期限は猶予しないし、夢物語のような出世払いには絶対応じない。 勿論自省などする人間としても描かれていません。これは多分に、悪役として描きやすいというのもありますが、金融業全般に対する古代からの庶民のマイナス・イメージの歴史があると考えるべきでしょう。
●その文脈からいうと、ディッケンズの「クリスマス・キャロル」に出てくるスクルージ老人はちょっと違います。 クリスマスに見る夢の中で、自分がなぜ守銭奴になり、結果として最後にどんな死をむかえるのかということを知り、改心するという筋立てになっています。守銭奴という存在まで肯定はしていませんが、少なくとも一人の人間として改悛のの機会を与えている点が、ほかの作品にはない点ということです。
●少々キリスト教の説教臭さがありますが、イスラム教でも悪魔の仕業と呼ばれているこうした人々に対して、比較的暖かい視線を向けているといえます。私は小学生の時にこの本を読み、スクルージ老人にどこか親しみを覚えた記憶があります。枕もとで読み聞かせてくれた祖母は、クリスマスだからもっと宗教的な意味で理解してほしかったのかもしれませんが、何かと親の希望に沿わないことばかりして怒られていた自分が、どこかスクルージ老人の姿と重なって見えたのです。
●クリスマスが近くなると、私は今でもこのスクルージ老人のことを思い出します。大人になってからわかったのは、自分が彼とそれほど大差ないようなことをしているのではないか、ということです。罪の意識といってもいいかもしれません。自分の利益ばかりを追求しているだけではないか、そのために人を踏みつけたりしているのではないか、そんなようなことです。
●よくよく考えてみれば、スクルージ老人の姿は、私だけでなく世の中の大半の人の姿でしょう。あくせく働けば、おのずと起きることです。懸命に生きてきたつもりなのに、どこかで心に咎めるようなことをした気がする。忙しさの中で忘れたつもりになるが、クリスマスになると思い出してしまう。自分も立派な悪人なのだと自覚する、それが普通の人の姿なのだということです。
●今年もクリスマスまで残り僅かになりました。仕事もおおかた片付いたので、遅ればせながら私も昨日から休暇に入りました。 今年もこころのどこかにしっくりしない部分のある私は、スクルージ老人のように、やはり仕事をやめるべきなのだろうかと、また深く考えております。クリスマスキャロルは未だに愛読書であり、スクルージ老人は、私のできない何かを成し遂げた、先達なのだと、今では尊敬の眼差しを向けております。

モンテ・ディ・パスキ銀行のこと(ゲオルグ)

●昨日のイタリアの国民投票をじっくり観察しました。結果は否決のようですが、難題が山積している中で安定した政権運営ができるか、という一点が重要です。特に世界最長の銀行モンテ・ディ・パスキの不良債権問題がくすぶっている中では、下手をするとドイツ銀行の不安を超えるリスクを、世界に与えかねない。関係者がそう考えているのは間違いありません。
●このモンテ・ディ・パスキですが、設立は1472年なので、約500年間事業を行っています。日本に例えれば、室町時代から銀行をやっているわけなので、大変な歴史です。しかし2000年を境に拡大を図っていく中、リーマンショックに直面。一気に不良債権が山積みとなり、倒産危機が囁かれる現在を迎えています。
●2000年前後というのは、グローバリズムを目指して世界中の金融機関が、変革を図ろうとした時期です。この銀行だけではありません。ドイツ銀行もそうですが、いずれも投資銀行業務に乗り出したり、リスクの高い債券を大量に購入したりという行動をとるわけです。今までの通りでは利益がでない、さてどうしようと考えあぐねる中での決断で、個人的にはあまり責める気にはなりません。当時の潮流は圧倒的にリスク選好的な状態だったからです。
●しかし、現在まで処理を先延ばししてきたつけなのか、今や世界中から名指しでリスク要因と指摘されていますから致し方がないことです。現在計画されている債務の株式化に債権者側が応じるのかどうかという微妙な時に、政権が不安定化しているという事情もあります。オカネは非情なので、コントロールを誤れば、500年の歴史は一晩で幻になってしまうでしょう。
●トランプさんが当選してから、アメリカの中小型の異常な騰勢やドルの独歩高(新興国の通貨安)、株高・債券安(国債利回り上昇)と、オカネに妙な勢いがついています。こういう時には、ちょっとした出来事でも過剰反応も起きやすく、嫌な予感だけが頭を駆け巡ってしまっていけません。個人的にはおとなしく趨勢を眺めますが、もちろんイタリアのことは注意深く見ていこうと考えています。

Robert Thurman教授を再びTEDで見る(ゲオルグ)

●時間ができたので、久々にロバート・サーマン教授をTED Talkで見ました。サーマン氏のことをユマの父親と呼ぶ人がいますが、私からすると、ユマが映画に出るようになったとき、へえロバートの娘か、と思ったぐらいなので、何だか妙な感じです。若かりしロバート教授に薫陶を受けた私からすると、二十代三十代の人とは随分世代間ギャップがあるということでしょう。
●さてこのTED TALKですが、7年も前のものです。Facebookで案内が回っていたとき私は海外出張中で妙に忙しかったので、拝聴できず、現在に至ったのです。内容的には、インドのアサンガという人物が体験した出来事を通じて、チベット仏教における輪廻転生と、生きとし生けるものに対する愛情の持ち方を、教えてくれている内容です。
●仏教にそれなりに通暁している人からすると、目新しさは今一つかもしれませんが、輪廻の説明において、牛馬も前世は母親だったかもしれないというチベット仏教の教えになぞらえて、ジョージ・ブッシュやチェイニーを母親だったのではと思って訓練に励んだ、サーマン教授のアメリカ人らしい話はなかなか傑作です。普通のアメリカ人にわかりやすいように、先生自ら考えたシナリオなのでしょう。
●しかし個人的には、やはりサーマン先生の場合、二十代の時に交通事故で右目を失ってから一年間でチベット語をマスターするまでの話が、最も秀逸で心打たれるものだと思います。残念ながらTEDにも主要なメディアの記録の中にも見当たらないので、図書館ででも探してみなければなりませんが、直接目の前でその話を聞いた私には、人間が転換点を迎える瞬間というものとはいかなるものなのか、ということを、非常に深く理解する契機になりました。何かと軽妙で拝金主義的で洒脱なな人生観が氾濫する現代において、 サーマン先生の言葉はいつも心にしみて、私自身を考え直すきっかけを与えてくれます。

ロートレックの中の主人公ラ・グリュの人生(グオルク)

●ロートレックの作品の中に頻繁に登場するモデルに、ラ・グリュ(La Goulue)がいる。日本語に訳すと”大食漢”或いは”大食らい”ということになるだろう。ムーラン・ルージュの踊り子だが、単に美しいという対象ではなくて、ロートレックの好む、どこか自然な滑稽さにあふれた人物であったようだ。
●この女性の存在を強烈に印象付けられる理由は、オルセー美術館の中にある。ロートレックに頼んで描いてもらった作品が二枚展示されているからだ。晩年踊り子として人気がなくなった彼女は、必要に迫られてこの絵を二束三文で売ってしまう。1900年前後のことだ。当座のお金がなくなって・・・、という理由がラ・グリュらしいが、きっと何か食べたいものがあったのだろう。理由はともかく、その後多く人の手を経てオルセーにたどり着く。長い旅の途中で、絵を裂かれてしまうという不幸な出来事もあったらしいが、今もその傷跡を残しながらオルセーの中に展示されていて、非常に興味深い。売却せずに手元において、子孫に資産として遺せば、彼らは今頃億万長者にでもなっていただろうに、とも思うのだが、そこはラ・グリュのやることだから、人間臭く、目の前の食器に山と盛られた美味に負けたに違いない。
●しかし、このラ・グリュ、その後の人生も面白い。人気に陰りが出てからは、サーカスで働いてみたり、ムーラン・ルージュの店の前で、チョコレート・ボンボンの売り子をしたりと、なかなか処世術も彼女らしくて現実的だ。生きるということがとても難しい時代の中で、60歳前後まで現役で働き続け、死に際には神父に、自分のような大食漢は神に許されるのか、と真剣にたずねたという逸話もあるらしい。生活力のある、いきいきとしたラ・グリュの姿が思い浮かぶようで、ふとほくそ笑んでしまう。
●仕事がひと段落した私は2月に再びオルセーを訪れた。ちょうどギリシアに新政権が生まれたり、諷刺画の件でテロが発生していた頃のことだ。冬のパリはどこか物悲しかったが、オルセーの中のラ・グリュは相変らず、快活で人間らしさにあふれていた。既に品良く振舞うようになっているモンマルトの街並みを歩くよりは、往年のラ・グリュの姿を求めて、美術館の作品の中に彼女を見つけることが、私のエネルギーの源になっているような気がする。

ケネディ家・1929年の曲がり角(ゲオルク)

●日本ではちょっとしたケネディブームのようです。JFKの長女キャロラインが駐日大使になったからでしょう。日本から見ると面白い人事ですが、過去の歴史を考えると、アメリカらしい論功行賞にしか見えないなというのが私の本音です。
●伝記作家のドリス・カーンズ(Doris Kearns)によれば、ケネディ家の礎になったのは、禁酒法時代のアンダーグラウンドビジネスと、大恐慌の際の株式の空売りだったのではないかと思えます。正確なデータはケネディ家のみ(というよりもJFKの父親のジョゼフのみ)しかわからないでしょうが、その後のステップアップにおいて、潤沢な資金を生み出せた理由はここに尽きるとしか見えないのです。
●特に注目すべきなのは、大恐慌がおきる直前に空売りに転じるという部分です。現在で言えば、ヘッジファンド顔負けの動きです。市場最高値を更新し続けるダウの動きを見ながら、空売りに踏み出すのは生半可な気持ちでできることではありません。一説には、ジョセフ(前述のJFKの父親)が靴磨きの少年が株式市場の話題を客にする光景をみて、市場が天井に達したと判断したといわれていますが、実際は相当のデータ収集を行って市場の過熱感と暴落を計算していたのではないかと思います。ある意味で、市場経済が生み出した寵児のような存在であったのではないでしょうか。
●そのジョセフがルーズベルト大統領擁立を支援し、その貢献によって英国大使のポジションを得たというのは、現在のキャロラインとオバマ大統領の関係にどこか類似して見えてしまうのは、わたしだけではないでしょう。アイルランド移民という存在が、アメリカ社会で成功の階段を上るためには、やはり良し悪しを問わず、経済的な成功と豊富な資金力がベースになっているというわけです。
●しかしふと考えてしまうのは、現在のアメリカ市場のことです。通常5年サイクルでやってくる景気循環ですが、リーマンショック以後の回復期間は現時点で既に6年目を超えました。加えて市場最高値を都度更新し続けています。ケネディ家の興隆の鍵となった、JFKの父・ジョセフなら、そろそろ巨額の空売りを仕掛けるタイミングを、虎視眈々と狙うのではないでしょうか。日本銀行の黒田総裁の追加緩和が発表されたばかりですが、それに伴ってさらに株価を上げていくアメリカ市場の動きを見て、一抹の不安と、ジョセフ・ケネディのことを考えてしまうのです。

ドイツ人のみる対米戦争(ゲオルグ)

●なぜドイツは先の大戦でアメリカと戦わなければならなかったのか、子供のころからよく友人たちと話をしました。理由は明解で、イギリスやソビエトとはドイツから戦争を仕掛けたからしょうがないとしても、日本が宣戦布告したからといってドイツはアメリカと戦争しなければならない理由はなかったからです。
●実際当時のイタリアと日本との軍事同盟の条約を読んでも、自動的にアメリカに宣戦布告する責務はドイツ政府は負っていないと書いてあります。この点日本政府のほうがちゃっかりしている部分があって、ドイツがソビエトに宣戦布告をしているのに、日本はスターリンとの中立条約締結に動いています。当時の欧州の状況を考えれば、アメリカが欧州の戦争に参加するのはチャーチルのイギリス政府が望むところで、ドイツとしては絶対に選んではならない選択肢だったはずです。それをわざわざドイツ側から宣戦布告するというシナリオにしてしまったのは、ヒトラーの最大の失敗だったといってもいいのではないかと思うのです。
●アメリカが大戦に参加しなかったならば一体どうなっていただろうというのが、私たちの関心事でした。ノルマンディーにおいて史上最大の作戦は行われなかったでしょうし、スターリングラードやモスクワは冬将軍が来る前に陥落していた可能性は極めて高かったでしょう。アフリカはロンメルが勝利し、イギリスはフランスとポーランドの亡命政府とともに、少なくともドーバー海峡の向こうで釘付けになっていたのではないかということです。たわいもない子供時代のたられば論ですが、なぜわざわざアメリカに戦争を仕掛ける必要があったのか、今もって私には理解できない永遠のなぞなのです。
●一説には、アメリカと開戦すれば日本がシベリア側からソビエトに戦いを挑むというシナリオをヒトラーが想定していたといわれていますが、本件に関する歴史的な事実の裏づけがあまり明確でないため、真実がわかりません。当時の駐日ドイツ大使館あたりが日本政府にどのように働きかけを行っていたのか、日本に来れば少しわかるのではと思ったのですが、来日十年たったいまでもそれらしい事実がつかめていない状況です・・・。
●日本が日中戦争につき進まず、満州一国だけで満足していれば、日米戦争はおき得なかったでしょうし、仮にそうだとすれば、日本が満州からシベリアに進駐することは十分ありえたのではないか・・・。そんなことをふと考えてしまう自分は、オーストリア生まれで、ナチス嫌いの両親の元に生まれたといえ、やはりドイツ人であるからかもしれません。当時のドイツと日本の外交文書がもっと公になることを望みつつ、東京に住んでいるうちに歴史の断片を明らかにしたいと最近よく考えております。

法頂和尚のエッセイを読む(ゲオルグ)

●欧州からアジアに帰ってきてからしばらく韓国におりました。特別な理由はありません。単純に欧州から一番リーズナブルなフライトを探していたら、たまたま大韓航空に出会ったというだけのことです。折角なのでしばらくぶらりと韓国から北朝鮮国境に至るまで、あちこち旅してまいりました。
●興味深かったのは、韓国はキリスト教徒が多いという先入観を持っていたのですが、実際には若い人を中心に結構な比率で仏教徒がいるという事実です。たまたまソウルの大学で学生から聞いた現代の韓国仏教界の高僧の名前をノートにメモした私は、早速この人物の著作を買い求めました。ソウルから東京、東京から大阪へと向かう途上、特別急ぎの理由もなかった私は5冊ほどtの本を一気に読了しました。
●法頂(韓国名:ポプチョン)和尚という人物です。宗教界の人物が書いたとはとても思えないざっくばらんな表現を用いているためでしょうか。普通にエッセイを読んでいるような感覚を最後まで持ち続けました。小難しいドグマが披露されるわけでもなく、説教めいた常識論をとくわけでもない。仏教への帰依を求めるわけでもありません。一流の随筆家の文章を読んだような満足感だけが残るという非常に貴重な時間でありました。
●特に感銘を受けたのは、所有という人間の煩悩に関する部分です。所有する喜びといいながら、喪失するときに泣き喚いてまで未練を残す人間の様を、淡々と愚かしいと感じ、一切の所有を放棄することこそ自然であるとといています。何も持たずに生を受けて、何も持たずに死ぬのだから、そもそも一体何のために、何を所有するのだというのです。大変的を得た指摘で、欧米流のひたすら生きている時間を謳歌する人生観とは一線を画していると感じました。
●韓国人の若者たちと話していたときの話題でもあるのですが、人生を富の際限のない追求の物語として捉えていくことに、私自身も大変な疲労感を覚えています。韓国に限らず、欧州やアメリカ、その他新興国においても、同様の傾向はあるでしょう。心の安寧を乱してでも、富を追い求め、その結果として大邸宅や高級外車を所有する。妻子に必要以上に良いものを分け与える。そういう生をハッピー・エンドにする物語には不毛感だけがのこるようになりました。所有という妄念を捨て、自ら足ることだけのために、時間を使う努力をしなければいけないなと、改めて考える良い機会になったような気がいたしました。

ウクライナとロシア問題を眺める(ゲオルク)

●今回のロシアのクリミア編入は欧州では結構な事件でした。ヒトラーのチェコ併合、ブレジネフ政権時代のハンガリー動乱のような事件は二度と欧州では起きないという認識が、現代のヨーロッパにあったからです。これは当のロシア人の中にもあるようで、多くの友人たちから驚きの言葉を聞きました。
●日本にいるとわからない部分があると思いますが、人種と国家の問題をきれいに仕切りなおせる国家は欧州にはありません。ウクライナでロシア系といわれる人々が登場しますが、実はロシア人の中には数多くのウクライナ系と呼ばれる人がいます、またバルト三国などを旅行していればわかることですが、エストニアなどは普通にロシア語が話されているぐらいです。この難しい人種と国家の問題を、強引に整理しなおそうという試み自体がまさにナンセンスの一語に尽きるのです。
●今回の一連の事件でまず何を分析すべきなのかと、冷静に考えてみる必要があります。兎角ロシアの暴虐的行為ばかりが目立ちますが、実は最初の段階で引き金を引いたのがウクライナであることを忘れてはいけません。前政権が失政を行ったのは事実かもしれませんが、クーデターのような出来事で暫定政権が成立したという事情が重要です。あくまで総選挙までの暫定政権であるのに、突然第二公用語であるロシア語を廃止すると言い出したりと、極めて大きな政治決断を行いました。このことがウクライナに大きな経済的な利益を得ているロシアを刺激したのは間違いありません。
●従ってロシアからは、最初に喧嘩を売ってきたのが正統でないウクライナ暫定政権ではないかと写ったはずです。また若干欧州側が簡単にEUやNATOへの加入などをにおわせてしまったという事情もあるので、話は混迷を極めていくわけです。従ってプーチンの演説にあるように、欧州側が超えてはいけない一線を超えたのがきっかけだ、という表現になってくるわけです。
●今回の事態は最終的にどうすべきなのかという道筋は非常に見えにくくなりました。欧州とロシアの深い関係を考えるとこれ以上のロシアの軍事的挑戦はないでしょうが、ウクライナの国家破綻懸念はさらに現実的な問題になっています。ギリシア問題などで疲弊した欧州に、ウクライナを現在のままでEUに加盟させるはずもなく、ぎりぎりの支援枠を提示するのみでしょう。クリミアの問題はさておき、国家財政破綻を回避するために、まずは如何にIMFなどと再建策を具体化できるかに尽きるのかもしれません。
●決してロシアを弁護するつもりはありませんが、経済的に破綻寸前の国家体制の中にあって、ロシア人嫌いを振りかざして、理念的なことばかり並び立てる暫定政権側にも大いに問題があるのも事実でしょう。根幹にある経済問題を解決しなければ、あれこれ表面に見えている問題だけを修正しようとしても、何も進まないような気がします。

ソチで米露ホッケー戦を観戦する(ゲオルグ)

●オリンピックを見にソチまで来ています。感謝祭前にベルリンへ帰ってきてから数ヶ月、パリからアテネ・イスタンブールまで足を伸ばしたので、ついでにソチまでやってきたというわけです。個人的にはビッグ・イベントは苦手なのですが、たまたま観戦できなくなった友人がいましたので、代わりにアイス・ホッケー会場で応援する羽目になったといったほうが、より正確かもしれません・・・・。
●さてたまたまやってきたロシア対アメリカ戦の内容です。ルールもろくろく知らない私にはいまひとつピンときていない局面が多々ありましたが、結果大変面白い内容でした。同点で迎えたところでサッカーと同じように、一対一のゲームウィニングショットが始まります。ロシア人関係者の中でそ知らぬ顔で観戦している私としてはロシアチームを応援すべきだったのですが、アメリカチームの得点の方にも単純に反応して歓声をあげてしまいました・・・。個人的な歴史観としては冷戦時代のロシアの印象を払拭できない部分があるのですが、熱血応援団の紳士淑女は極めて大人で、私の反応を見ても特別とがめられることはありませんでした・・・。結果的にアメリカチームが勝利しましたが、最後まで興奮し続けた時間でした。
●しかしかえる道々ふと考えたのはチケット代金のことでした。テレビで観戦すれば無料ですが、チケットをまともに買おうとすると1000ドル程度になるとのこと。あたかもギリシアの失業率が28%と発表されたタイミングでもあり、ロシア国内でこれほどのプレミアチケットを購入する余力があることに改めて驚くばかりでした。ウクライナをめぐって欧米と駆け引きを続けるプーチン政権の力強さは、こうした富裕なロシア人階級を多数作り出せた自信でもあるのかもしれないと、ホテルのロビーでコーヒーを飲みながら考えた次第です。

余命半年の少年の夢(ゲオルク)

●子供の頃のことだ。近所にロマの少年がいた。日本人にはあまりなじみがないかもしれないが、一般的にはジプシーと翻訳されている。ややあさ黒の肌をもつその少年は、私の知っている限り一度も学校にやってこなかった。6歳から9年間の義務教育期間があるのにだ。ただ時々、教室の外から窓越しに学校の授業をのぞいている彼の姿を私は見つめ、何度か目配せをした。それが彼と私の友情の始まりだった。
●彼の家の事情を私は知らない。何も話さなかったし一度もあったことはなかった。要するに私は役人が確認するような彼の属性は何も知らなかった。ただ私は彼を尊敬した。特定の意味に基づくものではない。ハンガリー人の経営する店からチョコレートを万引きしたり、ドイツから引っ越してきたかなりからだの大きな上級生に、何の前触れもなく殴りかかって、完全に打ちのめしてしまったこともあった。大人からみれば、疑いなくどうしようもない悪童だったが、彼に正面から説諭しようという大人はいなかった。
●私は彼にドイツ語の読み書き教えた。学校に来ないにも関わらず、その姿勢は真剣だった。乾ききった砂に水がしみこむように、私の持っているリーダーを彼は殆ど暗記してしまうぐらいだった。しかし、しばらくするうちに少年は姿を見せなくなった。彼の住む家を訪ねると老婆が一人暖炉の前で編み物をしていた。少年の名前を告げると、厩舎の屋根裏におかれたベッドの上で寝ている少年のもとに、黙って連れて行ってくれた。少年は病気だといい、半年の命らしいといった。
●病気の内容は、今の私にもよくわからない。歯槽膿漏が発展して脳に転移したとか、小児がんだったとか、大人たちはうわさした。特別付き合いのない、見知らぬロマの悪童に対しては、その小さな町ではたいして意味のない出来事だったのかもしれない。
●私は、特段普段と変わらぬ口調で、鶏を三匹農家から盗んだ過去の勇ましい話を自慢する少年に驚いた。死が近づくと人はその影に無性に覚えるものだと思っていたからだ。しかし少年の目は逆に輝きをましているようにさえ見えた。そして”勉強がしたい”と言った。私は図書館から毎日貸し出し可能な量の本を目一杯借りて少年に渡した。一日十冊程度の本を3ヶ月間毎日読み続けた少年は、次の三ヶ月は数学と物理を勉強した。すでに彼の進度についていけなかった私は、途中から教師たちの力を借りた。日替わりで専門に詳しい先生たちを、その汚れた畜舎の二階に引きずり上げ、難しい方程式の解説をしてもらった・・・。
●最後の一週間、少年は意識がなかった。病院の中でもなく、美しい庭の見える部屋の一室でもなく、牛や馬のにおいが充満するその畜舎の二階で少年は死んだ。本で読んだ死相とはかけ離れたかすかな微笑を浮かべながら・・・。
●以来私は少年の面影と彼の勉強した軌跡を思い浮かべながら、大学に進学し、結婚をし、子供も授かった。しかし本当になすべきことは一体何なのかと、いつも少年に問いかけられている夢をみた。住宅ローンに怯え、老後の生活資金について悩み、億万長者に成り上がった大学の友人に羨望の気持ちを抱きながら・・・。
●クリスマスに私は故郷に帰る。そこにある少年の墓の前に立ち、毎年自分自身に問いかけ、少年に語りかけねばならない。自分がどの程度一生懸命にいき、言い分けなく何が達成できたのか。また、仮に自分が半年しか生きられないとしたら、一体何をやめて、何をなすべきなのかということを。