リンゴとセザンヌ(浦崎)

●リンゴを眺めるとセザンヌのことを思わずにはいられない。パリにも印象派にも、どうにもなじめなかったこの作家が、実家のあるエクス・アン・プロバンスで、晩年まで只管描き続けたものだ。

●若い頃この作家を特に気にも留めなかった。ほかの作家と異なり、晩年までひきこもりのように暮らし、初めての個展を開いたのが50歳手前という何とも遅咲きのキャリアも手伝って、何かと激しい有為転変を期待する若造の私には迫ってくるものがなかったということだろう。

●それが最近、年齢のせいだろうか、ふと道端の草木に目がふと留まることが多くなった(さる日本の古書によればそういう気質的な変化は、武人なら死期が近いということになるらしいのだが・・・)。

●そんな私には、スーパーの店頭に並ぶリンゴが最近何故か輝いて見えるようになった。食べるわけでもないのに、買ってきて部屋の中に飾ってみる。まるで梶井基次郎の檸檬のような光景だが、私の中に印象が芽生えるのはセザンヌのことだ。

●静物ばかり描いたこの人物の目に入ったものが、このみずみずしい果物の何とも魅力的な姿かたちだったのだろうと思うと、食欲も忘れてしげしげとリンゴを眺めてしまう・・・。今頃になってセザンヌに共感を抱く自分にただ驚くばかりである。

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