バーゼルでハンス・ホルバインをみる(浦崎)

●ルネサンス期ドイツの画家にハンス・ホルバインという人がいる。アウグスブルグやロンドンで活躍した肖像画家だ。かつてロンドンのナショナルギャラリーやルーブルでその作品にお目にかかったことがある。
●肖像画家という分類で整理されるだけに、その作品群はエラスムスやクロムウェルといった歴史上でも著名な人物たちの作品で埋め尽くされている。作者の名前よりも描かれている人物たちのほうが有名なので、得てして肖像画家の名前は忘れられる宿命にある。
●かくいう私も最近バーゼルで彼の一枚の作品と遭遇するまでは、その名前を記憶するほどの印象を持たなかった。英仏にある彼の作品は殆どが退屈な肖像画だがバーゼル美術館にある、「墓の中で死せるキリスト(The body of the dead Christ in the tomb)」は些か趣を異にする。
●聖書にあるキリストの復活をテーマにしているように見えるが、描きこまれたキリストの姿は棺に押し込められてとても復活できるようには見えない。狭い棺の中で呼吸すら覚束ない苦悶に満ちた表情である。まるで復活そのものを不可能と断言するようにも見える・・・。
●肖像画家らしからぬこの作品を通じて、ホルバインは現実世界の中で窒息死目前の状況にある自分を描こうとしとしていたのだろう。復活という物語は理解しつつも、現実は容赦なく過酷でキリストでさえ苦しみながら棺の中で息絶えたのだと、この作家が叫んでいるように思える。専門の研究家ではないが、そのことは理解できる・・・。
●かつてドストエフスキーがこのホルバインの絵をみて、罪と罰に登場するラスコリニコフの印象を形作っていったという逸話があるらしいが、個人的にもサンクトペテルブルグにあるドストエフスキー自身の住んだ家にも同質の匂いを感じる。
●昨今欧州・米国を含め世界的レベルで広がる格差拡大と、困窮を極める低所得者層の問題は、まるでホルバインやドストエフスキーの描いた、目をそむけたくなる現実のようにも見える。かつて階級闘争を経て勝ち取った政治と経済の体制なのかもしれないが、再び特権階級が生まれ、社会の不安定化を招いているように思えてならない・・・。簡単に復活を唱えるのは、富の分配に預かった人々だけなのかもしれない・・・。ホルバインの絵をみたあとパリに向かい、宿泊先の部屋でマクロンの演説を聞いている私の中にはそんな印象が強く残った。

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