ロバート・サーマン教授の転機(永野)

●コロンビア大学のロバート・サーマン教授のことを知ったのは、教授がニューヨークにチベット・ハウスという施設を造ってからです。ダライラマ14世との四十年に渡る関係やコロンビア大学の宗教学部という学部に所属しているということは全てそのころに知ったことです。
●そういうこととは全く別の次元で、ロバート氏のことを知る以前から、ユマ・サーマンという女優についてはスクリーンの中での憧れでしたが、彼女がロバート氏の二女であるということはまったく知らないことでした。よくよく見れば顔つきに似た部分もあるのでなるほどとは思いますが、誠に不思議な感覚です。
●話を元にもどしましょう。私が教授のことについて興味深く思ったのは、単にチベットや仏教に対する造詣が深いとかいうことではありません。むしろ、そのきっかけとなったこの人の前半生にありました。ハーバード大の学生でオーソドックスな哲学を学んでいた若かりし頃のサーマン氏は、大事故に遭遇し右目を失います。義眼になったわけです。二十代に平平凡凡と暮らしていた私などとは大いに相違する体験で、サーマン氏いわく人生観の転機となり、アジアで仏教を学ばなければならないと一年発起する契機となります。幼少時からキリスト教に対して違和感を感じていた部分が、大事故との遭遇を経て、人生をかけるべき別の方向性への意志につながっていくのです。
●考えてみれば、人にはこうした転機を促す契機というものがあります。多くはサーマン氏のようにある種の災害や事故という悲劇的な出来事とともに訪れます。普段の生活の中にある、日常への疑問、平坦でつまらないが確実に存在する生活への妥協とかいうものが、ある日金槌で殴られたように雲散霧消し、特定の方向に光明を見出すのです。本質的には、自分の中に元来存在していたものが顕在化しているにすぎないのでしょうが、賢い人間というのは、他の多くの可能性と天秤にかけてしまう器用さのようなものがあり、なかなか決断に至れないものであるのです。他人ではない自分、自分らしい自分、自分なりの宿命と人生、そういうものがある日、外部に起因する悲劇的な事件によって、現れるのです。
●宗教学という誰が見ても儲かりそうにないし、ちょっと危ない領域に思える学問に埋没するサーマン氏の姿は、1960年代のアメリカでも異様だったに違いありません。それから五十年近い歳月が流れてみれば、その行動はある種の宿命的なものだったのだろうと本人も周囲の人も思うようになります。人生というものはそういうものなのかもしれません。私を含め多くの人が生き方に悩んでいると思うのですが、サーマン氏の転機を考えてみると、とても参考になるものであるように思います。

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