枕辺にて歴史書とともにある夜~「独ソ戦全史」を読む(木羅)

●最近寝る前に必ず戦争の本を読んでいる。特に理由はないが60年という時間が経過したところで、戦後生まれなりに総括してみたいというような気分があるからだ。特に日本という国に拘らず、ドイツや旧東欧圏の敗戦国側の事情や、冷戦終結とともにプレゼンスの低下した旧ソ連地域についてもあれこれと情報を入手するようにしている。これは日本という国の感傷めいた記憶だけを頼りにするのは少々偏りを生じる危険があると考えているからである。戦後の文壇関係者やマスメディアのコンテキストだけを入手していても本当の姿は見えないのではないかという自分なりの考え方がそこにはある。
●ただ戦争の事情について詳らかに事実を知ろうとする作業には少々辟易する部分もある。いつどこで何があったのかということについて事実を重視するあまり、読み物として楽しみを得ることが極めて難しいからである。淡々とソ連第XX軍がスモレンスクでドイツ親衛XX軍と交戦・・・という具合に文章を展開されると、地図や軍事用語集などを見ながら、ほほうそんなことになっていたのかと知るまでに随分と骨が折れる。小説本のように一日に数百ページ読み進めるのは精神的に苦痛だから、寝る前に数十ページ程度だけ読むようにしている。苦痛は少々で、着実な前進があるのと、疲労感は睡眠とともに雲散霧消するというメリットもある。
●今日紹介するのは、ここ10日ほどかけて読んだ「詳解 独ソ戦全史」である。主として東部戦線におけるドイツと旧ソ連の戦いを調査・執筆した作品だが、例に漏れず淡々と連続する事実の描写にやや根気が必要な本である。しかし、旧ソ連側の公文書を基礎資料に加えているため、定説を覆す新事実などもありなかなか面白い部分もある。特にワルシャワ蜂起において、ソ連軍が故意に進軍を停止しポーランド蜂起軍を見殺しにしたという定説に対して、実際には戦術上の理由から進軍自身が不可能であったという事実を記している点などなかなか興味深い。東西関係の緊張の中で旧ソ連に対する西側の思い込みがやや強く出た結果ではないかと思うが、現代史のある一定の割合がこのような思い込みによって構成される部分がまだまだあるのだということを示唆しているようにも思える。既に60年も時間が経ったあとではあるが、深夜黙々と事実を確認するのも、そういう意味でなかなか楽しい作業でもある。

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